翻刻
高井主膳の居城の跡なりといふ。
馬 越 城
所在地 八名郡馬越村
永享、寛正の頃為守右馬允同藤馬允の居城なり。
多 米 城
所在地 豊橋市多米町
城主不明。
西郷城又五本松城
所在地 八名郡石巻村西郷
明応の頃、西郷新太郎信貞の居城にして、永正三年八月、今川氏の三河を征するや、北條早雲
のために兵を出して岩津に戦ふ。享禄二年六月、松平清康に降りたるため、同五年九月今川氏
真、朝比奈備中守に命じて来り攻めしむ。城主西郷弾正左衛門正勝防戦努めしも、不意の事と
て力つきて敗死せり。此時正勝の嫡子孫六郎元正月谷の城に在りてこのことを聞き、直に馳せ
来りたれど、従者僅に十四人にして、群る敵に斬り入りたれば、皆討死したり。次男孫九郎清
員はすでに今川勢のために生捕となりたるも、其の縛縄を振り切つて深き谷間に転び落ち、死
を免れ、野田に行きて菅沼新八郎に頼みて父兄の敗死を告げゝれば、家康、大須賀、本多、植
村、渡邊、高井等を加勢として、清員と共に朝比奈を討たしめ、大に敵を敗り大勝を得たり。
依つて家康其功を賞し、父の遺領を継がしめたり。
西 川 城
所在地 八名郡石巻村西川
西郷一族の居城たり。
日 下 部 城
所在地 八名郡大和村豊津
城主不明。
柿 本 城
所在地 八名郡山吉田村大字下吉田字柿本 (小路山)
元亀二年徳川武田両家の和約破れ信玄兵を率ゐて信州路より遠州に入る、此時甲軍の将山縣三
郎兵衛昌景設楽郡より八名郡山吉田をへ経て遠州井伊谷に入らんと欲す。