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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

東三河之古城 - 翻刻

東三河之古城 - ページ 9

ページ: 9

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野  口  城  所在地 宝飯郡八幡村野口字割池  文明中細川民部大輔教春居すと云ふ。後 印貝(おんずみ)甚蔵、板倉主水居城す。 御 津 新 宮 城  所在地 宝飯郡御津町廣石  細川兵部少輔助久の居城なりしも、文明、長享の頃今川義忠に攻められて落城す。後天文中牧  野に属し、天正中長沢松平広忠の領地となりて、組衆山田長門守晴政こゝに居城す。 竹  本  城  所在地 宝飯郡御津町大字廣石字竹本  建武年間新田義貞の十六騎が党の一人高田薩摩守義遠の二男又次郎政季これを築き竹本と称せ  しが、後八世四郎左衛門成久に至り、牧野氏と共に今川家に属せしも、永禄三年今川家の敗戦  と共に居城を捨て、隣村為当村に帰農す。 茂松城高坂城  所在地 宝飯郡御津町豊沢  往昔蒲冠者三河守となりて在城すと伝ふ。後足利義満の頃、細川頼有当城を築く、永和、明徳  の比は同舎弟頼顕、頼長、次に兵部大夫時氏等あり、又永享、享徳の比は、細川讃岐守成之入  道道空幕下の士細川治部大夫に命じて在城せしむ。応仁中外戚酒辺時重当城を守りしも、文明  擾乱の際、今川治部大輔義忠に攻められ時重出奔して落城し、後牧主計在城す。 御  馬  城  所在地 宝飯郡御津町御馬  往昔高師直当所を領す。応安年中に至り、細川右馬頭頼有築城すと云ふ。その後兵部少輔頼顕  刑部大輔頼長、兵部太夫時氏、治部大輔政信まで数代居城、次いで外戚酒辺河内守時重これを  守るも、文明中擾乱の時、今川義忠のために落城し、これより今川領となる。天文の初牧野右  馬允成守及出羽守保成等今川氏よりこれを預るも、永禄三年今川敗戦後徳川氏の領となり、つ  ゞいて天正十八年に至り池田輝政の領となりて、その臣山田藤左衛門当城を預る。 佐  脇  城  所在地 宝飯郡御津町下佐脇