← 前のページ
ページ 154 / 169
次のページ →
翻刻
【右丁】
との意なりと見えたり紙鳶(しゑん)とは 日本いふ所のいか
のぼりの事なり 本邦(ほんほう)にても多く児に此 戯(たはむれ)をな
さしむる事なり此比の俗(ぞく)はその意(こゝろ)をさとさず奢(おごり)を
のみ好(この)み紙鳶(いかのぼり)を作(つく)るにその大さ五六尺はかりにして
金銀(きん〴〵)をちりばめ糸(いと)を長くつけて健(すくやか)なる男に挙(あけ)
させてたゞ人の目(め)をよろこばしむる事のみにして
財(ざい)を費(ついや)すのみにあらず其 益(ゑき)なし紙鳶(いかのぼり)の戯(たはふれ)をな
さしめんとおもはゞそのかたちをちいさく作り小児(せうに)
みづから風にむかひて吹(ふき)あげさせ空(そら)を見て気を
はき熱(ねつ)をもらしかけ廻(まは)りて歩行(ほかう)をのづから健(すくやか)に
なる事をしるべし能々可心得事也
【左丁】
○毎年(まいねん)正月に女子は欒華子(むくれんじ)【ママ】に羽(はね)をつけて板(いた)にて
つかしむるなりこれをこきの子と名(な)づくなりこきの
こといふ木の実(み)の形(かたち)に似(に)たるをもていふなりこきのこ
といふもの叡山(ゑいさん)にあり他所(たしよ)にて見ぬものなりその
実(み)山梔子(くちなし)の形(かたち)のことくにして山梔子よりは実の尖(とがり)
のさき長くして粒(つぶ)は円(まろ)くあればそのまゝ欒華(むくれん)
子(じ)に鳥(とり)の羽(は)をつけたるごとく見ゆる世諺問答(せいげんもんだう)
にはおさなきものゝ蚊(か)にくはれぬまじなひ事なりと
いえり《割書:啓益》按するにさにはあらじ小児は熱(ねつ)のつよ
きものなれは此 戯(たはふれ)をなさしめて風にふかれ空(そら)に
むかひて気(き)をはかしめて熱をもらさんとの事なるべし