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【右丁】
㊆ 痘瘡(いも)始終(しじう)の日数(ひかす)の説(せつ)
㊇ 痘瘡の序病(じよびやう)をしるの説《割書:付たり》紅紙燭(べにしそく)の事
㊈ 痘瘡 始(はじめ)て出(いづ)る所の善悪(ぜんあく)の説
㊉ 痘瘡の形色(けいしよく)の善悪の説(せつ)
(十一)【注】痘瘡 生死(しやうじ)を決(けつ)する日期(にちご)の説
(十二) 痘瘡 発熱(ほつねつ)の時節(じせつ)善悪(ぜんあく)の説
(十三) 痘瘡 放標(はうへう)の時節善悪の説
(十四) 痘瘡 起脹(きちやう)の時節善悪の説
(十五) 痘瘡 貫膿(くわんのう)の時節善悪の説
【十一から()で括る】
【左丁】
小児必用(せうにひつよう)養育草(そだてくさ)巻四
牛山翁(ぎうさんおう) 香月啓益(かつきけいゑき)
㊀中花(もろこし)我国(わかくに)共に痘瘡(いも)初(はじ)めて流行(りうかう)するの説(せつ)
○痘診心印(とうしんしんいん)といふ書(しよ)に痘瘡(いも)は東漢(とうかん)の建武(けんむ)年中(ねんちう)に
南陽(なんやう)といふ所をうちしたがへし時の虜人(とらわれひと)此 瘡(かさ)を煩(わづら)ひ
伝(つた)へて中花(もろこし)に流布(るふ)する故に虜瘡(ろさう)と名付るよし見え
たり本草綱目(ほんさうかうもく)の説には唐の高祖(かうそ)の時 永徽(ゑいき)年中に
此 瘡(かさ)西域(せいいき)《割書:天竺(てんぢく)の|事をいふ》より中国に伝へ来ると見えたり二説
おなしからず《割書:啓益》按ずるにいにしへ黄帝(くはうてい)扁鵲(へんじやく)の書に
此病をのせず多くは後漢(ごかん)の末(すへ)唐(とう)の初めよりあまねく