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【右丁】
天下に時行(はやる)と心得べきなり
○此 痘瘡(いも)日本にては聖武天皇(しやうむてんわう)の御宇(ぎよう)に築紫(つくし)の
人 悪風(あくふう)に船(ふね)をはなたれ新羅(しんら)の国にいたる其 船中(せんちう)の人
此所より伝(つた)へ来りて諸国(しよこく)にあまねく流布(るふ)せしな
りと続古事談(しよくこじだん)といふ書に見えたりその比此病の
療治(りやうぢ)をする事をしらざるゆへに大臣(だいじん)公卿(くぎやう)高貴(かうき)の
人 達(たち)多く此病にて失(うせ)給りける事 本邦(ほんほう)の正史(せいし)に
のせたり
㊁痘瘡(いも) の 病(やまひ)に 神明(しんめい) あるの説
○朝鮮(てうせん)の人 南秋江(なんしうかう)があらはす所の鬼神論(きしんろん)に痘瘡(いも)
の病一度ありて後身を終(おは)るまて二度 煩(わづら)ふ事なし
【左丁】
或人(あるひと)おもへらく世の俗説(ぞくせつ)に痘瘡(いも)の神は聡明(そうめい)無欲(むよく)
の神なるを以二度いたる事なしと誠(まこと)に鬼神あ
りや南秋江(なんしゆうかう)がいはくこれすなはち神明にあらず小児
はじめて生る時かならす穢(けがれ)れ【衍】たる悪汁(あくじう)を飲(のむ)事あり
て腹内(ふくない)にかゝる事多く時行(じかう)の疫風(ゑきふう)の温熱(うんねん)【「うんねつ」の誤】の気
外よりさそひぬれば臓腑(ざうふ)にかくれたる所の穢(けが)れ内
より相応(あいおう)じて此病を致(いた)すその悪汁を飲(のむ)事二度
せずそれ故に其病も二度 発(はつ)する事なしなんぞ
鬼神の過(とが)ならんや順(じゆん)なる証(しやう)は薬を用ざれ共 治(ぢ)す
逆(ぎやく)なる症(しやう)は薬を用ひ薬 餌(ぐい)をなすへしその備(そなへ)医家(いか)
につまびらかなり今の世の人此病は鬼神の病となし