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【右ページ上段】
橋に通ずるものなれば。巌層の間に在りては如何なる風雨も其
の害を及ぼさゞるも。鉄橋(てつきやう)に至るや。始めて四望|広濶(かうくわつ)汽車は中
空を奔るの観あり。されば橋上進行の際。一度風雨の変に遭へ
ば。多少の被害(ひがい)なきを保し難き危険の場所なりとぞ。
●汽車顛墜の現況
福島行列車は。無事の間に各駅を通過(つうくわ)し。矢板駅に抵りしに。
風雨漸く猛烈(もうれつ)となりしも。尚ほ進行を続(つゞ)け。隧道を過ぎ松原山
の切開線路を通過し鉄橋にさしかゝるや。さらでも怒号(どがう)せる風
雨は。一層の猛威(もうい)を加へて凄まじき勢を以て車両を煽(あを)り。客
車の方に鉄橋の半ばに達するや。中間なる一等客車は。風雨の
飜揺(ほんやう)する所となり。貨車との連鎖断(れんさた)ち切れしと思ふ間もなく
転倒(てんとう)し。東方に墜落(つゐらく)したれば。之に続ける他の七台の客車も。
勢ひに乗して悉く激流中(げきりうちう)に陥落(かんらく)したり。乗客はアレヨと叫ぶ間
もなく。或者は骨砕(ほねくだ)けて即死し。或者は九死に一生を得しも。
其の多くは。客車と共に流失(りうしつ)せしにや。其の生死だも知れざる
未曽有の椿事を惹起(ひきおこ)せしは惨状又惨の限ならずや
●客車破損の惨状
顛覆したる客車の河中に埋没せる状(さま)は。一見|悚然(しようぜん)たる許(ばか)りにて
八両中四両の客車は。微塵(みぢん)に砕かれ。其の細片(さいへん)は。急流の流し
去る所となりしが。他は全部を三四片に砕(くだ)かれ激流中に埋(うづ)ま
りたるも物凄(ものすご)く。殊(こと)に其の一両は。殆むと河の中央なる寄洲に
顛落(てんらく)すると共に逆立し。其の侭原形(まゝげんけい)を存せるを。暗夜(あんや)橋上に立
ちて星明りに窺へば。慄然肌に粟を生せしめたり。
(挿画参看)
●罹災後応急の処分
野崎駅(のざきえき)の人々及び其の他の人々は。急ぎ救助(きうじよ)に尽力(じんりよく)すると共に
人を矢板停車場(やいたていしやぢやう)に遣(うtか)はして急を報せしかば。同駅より宇都宮駅
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に打電(だでん)し宇都宮駅より亦日本鉄道会社に急報(きうほう)し。一|方(はう)には。日本
鉄道第二区線内の嘱託医(しよくたくい)たる宇都宮神野病院へ通じ。同院より
神野院長自ら医師一同、事務員二名、薬剤師四名、看護婦二十五
名を率ゐ現場(げんじやう)に出張(しゆつちやう)し。又県立病院よりは栗本院長、井上副院
長、長田幹事、栃木県庁よりは。樺山書記官、西村参事官、田上保
安課長、稲葉衛生課長、赤十字社栃木支部よりは、江島主事。宇
都宮警察署よりは。警官数多出張(けいくわんあまたしゆつちやう)し。宇都宮停車場よりは。金
子助役駅夫二十名、保線工夫(ほせんこうふ)四十名に担架(たんか)夜具数十枚、弁当百
五十人分を用意(ようい)して。同夜八時の臨時汽車にて現場(げんじやう)へ出張した
り。又日本鉄道会社よりは。久保運輸課長、毛利技術長、社員
十数名、工夫六七十|名(めい)を率(ひき)ゐ。順天堂(じゆんてんどう)主佐藤氏は。医員五名
看護婦十三名担架(たんか)、繃帯(はうたい)、薬品等(やくひんとう)を用意(ようい)し。会社よりは。毛布
百五十枚、フランネル着物百五十|枚(まい)、袷(あはせ)百|枚(まい)、メリヤスシヤツ百
五枚□に食料品(しよくれうひん)を載(の)せ同夜十一時臨時汽車にて急行現場に出張
せり。
前項の処分をなすと同時に。会社にては。遭難者(そうなんしや)の親族等にし
て。現場に赴(おもむ)かるゝ者は。同社運輸課又は各停車場に於て無賃(むちん)
乗車券(じやうしやけん)を差出す可きに付。其旨申出可き旨各駅並に新聞紙(しんぶんし)へ広
告をなしたり。
●異変後の混雑
以上の大椿事起るや。機関師は直に進行を止め。遭難者の救助
に従事(じうじ)すると共に。更に一方に此|変事(へんじ)を急報(きふはう)せんが為め。当時
傷(きず)を負(お)へる石井車掌は。直(たゞち)に矢板駅に駈付(かけつ)け。本社及宇都宮駅
等へ急電を発せしものにて。唯如何ともす可らざるは。平常の
急流に加へて三尺余増水せし事とて。中央に寄洲を挟み二条に
分流せる水は。河幅を増して激奔し。船舶など固より泛べ得べ
き地にあらねば。生き残れる機関手火夫等が如何にあせるも。