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【左ページ上段】
また如何ともする能はす。救を呼び哀れを求むる遭難者の声は
聞ゆるも。詮術(せんすべ)とてなかりしは。是非(ぜひ)なき次第なりけり。斯く
て急報に接(せつ)せる矢板駅は。勿論(もちろん)、同地郡衙警察署の如きは。大
に驚き直ちに現場に駆け付け。やがて六時頃ともなれば。付近
の村民は。何れも之れを聞き付け現場に集まり箒川を隔てゝ両
岸に群集(ぐんしふ)せし者|無慮(むりよ)千余名にも上(のぼ)るべきが。こゝに山田、土屋、
針生、石上、薄葉、三島、矢板等各地の消防組(せうばうぐみ)は。逸早(いちはや)く馳せ
付け。夫れ〳〵手を尽して遭難者(さうなんしや)の救助(きうじよ)に勉(つと)め。死者に合せて
三十余名の重軽傷者(じうけいしやうしや)を救(すく)ひ得たるが。其の混雑(こんざつ)は。殆ど名状す
可らざる程にて。吹荒(ふきすさ)める暴風雨の為め橋上に立得ざりし耳な
らず。殆ど通行もかなはざりし由にて。今は両岸の人々空しく
手を拱(こう)して為す能はざるに至り。喧々嗷々(けん〳〵がう〳〵)の間に早くも三四時
間を経過し。多数の生死不明者を出せしは。無惨の極といふべ
し。
●曽我社長の命令書
日本鉄道会社々長曽我祐準氏より久保運輸課長に交付(かうふ)せし命令(めいれい)
書(しよ)は左の如し。
一臨時列車を発して。医師並に看護婦。其他救護に必要なる
人員を被害地に送付すべき事
一被害者の取扱は。急速且懇切を旨とすべき事。
一被害者の住所氏名を知り得たるものは。迅速に本社に通知
すべき事。
但被害地最寄の者は。本社に通知すると同時に直接某家
族に通知すべし。
一負傷者は総て相当の手当を施したる上。軽症にして自宅加
療を望むものは。付添人を付して之を送り届け。重症の者
は医員に協議して最寄の病院又は東京に送致し最も懇切に
【左ページ下段】
其治療を為すべき事。
一死者は。最も其取扱を丁寧にし。左の各項詳細取調ぶべき
事。
男女の別、年齢、着衣、人相、所持品、住所氏名を知り得
る者は其住所氏名。
一死者には。付添人を付し住居地に送付すへき事。
一被害者並に救護者の食料品を用意すべき事。
一被害者に要すべき衣服及寝具類を用意すべき事。
右の外必要なる事項は其注意を怠らす適当に所置可致事
●遭難人数の不分明
日本鉄道会社の列車(れつしや)が箒川の鉄橋にて顛覆(てんぷく)したりとの報|伝(つた)はる
や。同会社に駈付(かけつ)けて被害人数の幾何(いくばく)なるやを問合はす者引き
も切らす。其都度(そのつど)会社にては不分明(ふぶんめい)のよし答へ居りしに。十日
頃よりは。既に日数も経しことなれば判然せしならんと質問す
る者あり。相変(あひかは)らす不分明との答(こた)へを得て。不思議(ふしぎ)に思ひ会社
には列車簿(れつしやぼ)なきやと問詰(とひつ)めたるものさへありし由。仮令列車簿
ありとするも。毎列車の乗込人員を知るは六かしく。又其他如
何なる方法を以てするも。其|確数(かくはう)を知(し)り難(がた)けれは。此上は唯負
傷者に就て聞出(きゝいだ)すの外|方法(はうはふ)なしとて。会社にては百方|詮議(せんぎ)を重
ねたる結果(けつくわ)。確数(かくすう)は未だ判明(はんめい)せざれど遭難者の数(すう)を七十名と見
ば。多分間違なかるべしと同会社の山田庶務課長は語れり。
前項の如く遭難当時乗客の総数不分明(そうすうふぶんめい)なるを以て。随て幾名死
亡したるや。今日までも其正数を知る能はざる次第なるが。今
各駅(かくえき)に於て発売(はつばい)せる切符(きつぷ)によりて調査(てうさ)すれば。遭難当時の乗客
は六十二名なるへき訳なれど。死亡者たる石坂善吉の如きは。
神戸青森間の二等|直通切符(ちよくつうきつぷ)を所持(しよぢ)し居りたりといへば。其他に
も右と同様のもの。若しくは同列車以前の発売に係る切符所持