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明治三十 各地災害図会 風俗画報臨時増刊
二年十月 明治三十二年十一月一日発行
〇論説
●後車の戒 山下重民
大利ある者は大害あり。物皆然り。故に大害ありと雖も。大利
ある者を舎つべからず。唯予め大害の生ずべき所を考究して。
之が備を為すを要す。若し其の大利のみを見て大害あるを省せ
されは。則ち大利随て去らむのみ。是を以て苟も其の事に従ふ
者は。常に警戒を怠らず。不幸にして大害に遭遇せは。再ひ此
に罹さらむことを期すべし。彼の鉄道汽車の如きは。所謂大利ある
者にして。実に日用欠くべからさる要具なり。遼遠の旅程一歩
を移すを須ゐず。玻璃窓裏より山岳の旋転するを望み。草木の
飛舞するを眺め。床褥に踞して喫煙談笑しつゝ。其の志す所に
達す。天涯地角恰も比鄰の如く。殆むと東西相蹙り南北相迫るの
観あり。朝に故郷に著し。父子相見て其の情益々厚く。夕に他
県に入り。朋友相遇ふて其の交愈々濃かなるに至る。信書貨物
亦併せて之を輸送するを得。誰か之を文明の利器にあらずとい
はむや。
往昔の旅況を回顧すれは。行糧を裹み。茅鞋を踏み。嶮山を越
え。長河を渡り。幾堠を過き。幾亭を歴。数十日を閲し。頳肩
繭足して始て其の地に著せしにあらずや。又急使即ち早打とい
ひ早追といひ。一鞭駿馬に騎り。或は各駅の人夫に乗輿を追は
しむるも。人肩馬蹄の力自ら限あり。昼夜疾行止まずと雖も。
其の日程知るべきなり。
今や鉄道汽車の利便ありて。飛鳥と其の行を競ふこと。前述の
如し。之を往昔の旅況に比すれは。其の難易の懸隔啻に霄壌の
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みならず。然れども時ありて大害を生するを免れず。
各鉄道線路に於て。年々死する者を合算すれば。其の数少しと
せず。而して一時に十数名の惨死者を生するが如きは幾むと稀
なり。今回の暴風雨に際し。日本鉄道会社の汽車。下野国塩谷
那須両郡の境なる箒川に架せる鉄橋上より顛墜し。為めに三十
六名の負傷者十九名の死亡者を出したるは。近来の一大惨事な
りといふべし。余は爰に天災なりや人為なりやといふを論して。
之を擬議するを好まざるも。記者の責任として。聊か注意する
所なかるべからず。そは他事にあらず。第一に鉄橋を堅固にす
ること。第二に会社并に機関運転手の警戒を怠たらざること是
なり。
聞く鉄道工事の材料に於て。価値の最も高きものは。鉄橋なり
とす。故に近年会社は力めて之を短縮し。且廉価のものを択み
て。経費を節約するを以て。往々危険を生するを免かれずとい
ふ。彼の箒川鉄橋の如きは。寶積寺絹川鉄橋の短くして低きに
も拘はらず。勾欄の設けありといふに反し。こゝに之を附せさ
りしはいかゞ。若し完全なる勾欄のありたらむには。縦令ひ暴
風に遇ふも。脱線に止まりて。かゝる惨禍には陥らざるべしと
は。世人の斉しく唱ふる所なり。余は此の一事を以て単に日本
鉄道会社のみを責めず。今後官私両線共に此に鑑み。従来勾欄を
附せざりし所は。更に改造して以て安全を謀られむことを切望
す。経費を要するの多きを憚り。之を軽忽にするを許すべから
ず。
次に注意すべきは。会社並に機関運転手の警戒を怠ることなき
に在り。暴風雨中は勿論。暴風雨の虞ある時。即ち中央気象台
より其の警報を得たる時は。前途の危険を慮り。其の時辰を考
定して。暫く其の発車を停め。若くは発車を廃すべし。余嘗て