翻刻
【右丁】
上(しやう)に現(あらは)れ給ふ上人 其(その)尊容(そんよう)を摸(うつ)しとゝめんとするに御衣木(みそき)なし
然(しかる)に七月七日 玉川(たまかは)に霊木(れいほく)の流(なか)れ漂(たゝたよ)ふあり則(すなはち)是(これ)を得(え)て薬師(やくし)
佛(ふつ)三躰(さんたい)を彫刻(てうこく)し一 躰(たい)を当社(たうしや)に納(をさ)む《割書:余(よ)二躰(にたい)は下野国(しもつけのくに)日光(につくわん)|山(さん)及(およ)ひ出羽国(ではのくに)にあり》此由(このよし)
叡聞(えいふん)に達(たつ)しけれは 廃帝(はいてい)の御宇(きよう)勅願所(ちよくくわんしよ)に定(さため)られ浮岳山(ふかくさん)深(しん)
大寺(たいし)と震翰(しんかん)【宸翰】を灑(そゝ)き扁額(かく)を給ふ又(また)貞観年間(ちやうくわんねんかん)武蔵国司(むさしのこくし)蔵(くら)
宗卿(むねきやう)叛逆(ほんきやく)す叡山(えいさん)の恵亮和尚(ゑりやうくわしやう)に仰(おほせ)て乱賊降伏(らんそくかうふく)を祈(いの)らしめ
給ふ和尚(くわしやう)当国(たうこく)の国分寺(こくふんし)に至(いた)り不動(ふとう)の利釼(りけん)を虚空(こくう)に投(なけ)給ひ
隕(おち)る所(ところ)の勝地(しようち)を道場(たうちやう)とせむと誓(ちか)ひ給ふに遙(はるか)に飛(とん)て当寺(たうし)井泉(せいせん)
の辺(へん)の石上(せきしやう)に隕(おち)ぬ此石(このいし)を劔立(けんたち)の石(いし)と云(いふ)依(よつて)五大尊(こたいそん)を勧請(くわんしやう)し此(この)
地(ち)に於(おい)て秘法(ひはふ)を修練(しゆれん)せられしに行力(きやうりき)空(むなし)からす逆徒(きやくと)悉(こと〳〵く)降伏(かうふく)せり
依(よつて)叡感(えいかん)のあまり当寺(たうし)を恵亮(ゑりやう)に賜(たま)ひ此所(このところ)にて七邑(なゝむら)の地(ち)を寄付(きふ)
なし給ふ《割書:是(これ)を深大寺(しんたいし)の|七邑(なゝむら)と唱(とな)ふ》しかありしより法相宗(ほつさうしう)を転(てん)し台宗(たいしう)にあら
ためられ護国安民(ここくあんみん)の秘法(ひはふ)怠(おこた)る事(こと)なく関東(くわんとう)第(たい)一の密場(みつちやう)と
【枠外】 三ノ百六十一
【左丁】
なれり《割書:昔(むかし)は十二 宇(う)の塔頭(たつちう)ありて大伽藍(たいからん)なりしか|とも度(たひ)々の兵火(ひやうくわ)に亡(ほろ)ひて今(いま)は昔(むかし)に違(たか)へり》其後(そのゝち)野火(やくわ)の災(わさはひ)に罹(かゝ)
りて灰燼(くわいしん)となりしを世田谷(せたかや)の吉良家(きらけ)深(ふか)く尊信(そんしん)して再(ふたゝ)ひ
堂宇(たうう)を営(いとな)み波平行安(なみのひらゆきやす)の刀等(かたなとう)を寄附(きふ)す《割書:無銘(むめい)長四尺|五寸あり》
絵巻物(えまきもの)《割書:并》詞書(ことはかき)二 巻(くわん)参議右中将(さんきうちゆうしやう)藤原好公尹卿筆(ふちはらのきんまさきやうのふで)
抑(そも〳〵)当寺(たうし)は関東(くわんとう)融通念仏(ゆつうねんふつ)最初弘通(さいしよくつう)の道場(たうちやう)にして慈眼(しけん)
大師(たいし) 大猷公(たいいうこう)の 上聞(しやうふん)に達(たつ)し奉(たてまつ)り融通念仏(ゆつうねんふつ)百遍(ひやくへん)を
受(うけ)させ賜(たま)ひ忝(かたしけなく)も結縁(けちえん)の名帳(めいちやう)に御諱(おんいみな)を記(しる)させ給ひぬる事は
当寺(たうし)融通念仏(ゆつうねんふつ)の縁起(えんき)に詳(つまひらか)なり《割書:此(この)念仏(ねんふつ)は大原(おほはら)の良忍(りやうにん)上人 現(まのあたり)に|如来(によらい)の尓教(しきやう)を得(え)て弘通(くつう)し給ふ》
《割書:所(ところ)也 此法(このはふ)や或(あるひ)は十 返(へん)百 返(へん)乃至(ないし)千 返(へん)万 返(へん)を日課(につくわ)とし我(わか)唱(とな)ふる所(ところ)の称名(しようみやう)の功徳(くとく)をは|他(た)の人(ひと)の為(ため)とし他(た)の人の唱(とな)ふる所(ところ)の称名(しようみやう)をは自(みつか)らの為(ため)として互(たかひ)に融通(ゆつう)し自他(した)|平等(ひやうとう)に修(しゆ)するか故(ゆゑ)に其(その)功徳(くとく)広大無辺(くわうたいむへん)にしてはかるへからす昔(むかし)鞍馬山(くらまさん)の毘沙門(ひしやもん)|天王(てんわう)もこの念仏(ねんふつ)の結縁(けちえん)に入給ひし事ありし由(よし)其(その)縁起(えんき)にみえたり》
深大寺蕎麦(しんたいしそは)《割書:当寺(たうし)の名産(めいさん)とす是(これ)を産(さん)する地(ち)裏門(うらもん)の前(まへ)少(すこ)しく高(たか)き畑(はたけ)に|して纔(わつか)に八 反(たん)一 畝(せ)程(ほと)のよし都下(とか)に称(しよう)して佳品(かひん)とす然(しか)れ共》
《割書:真(しん)とするもの甚(はなはた)少(すくな)し今(いま)近隣(きんりん)の村里(そんり)より産(さん)するものおしなへて此名(このな)を冠(かうむ)らし|むるといへとも佳(か)ならす》
難波田弾正城跡(なんはたたんしやうしろあと) 深大寺(しんたいし)大門(たいもん)松列樹(まつなみき)の東(ひかし)の方(かた)の岡(おか)を云(いふ)土人(としん)は