翻刻
【右丁】
《割書: へきかたもなしあゆみよりまへに侍(はへ)りけれともたかひにあきれたる| さまにて物(もの)ものたまはすやゝ久(ひさ)しくありて西行(さいきやう)いかなる人のかくては| おはするやらんと問(とひ)けれともこたふる事なしかさねて我(われ)は都(みやこ)のほとりの| ものなりあつまのかたゆかしくて下(くた)りはへりしかむさし野(の)のけしき| あるさとにて聞(きゝ)しよりもあはれに覚(おほ)えてわけ入(いる)程(ほと)になんこれより| 人(ひと)住(すむ)方(かた)もはるかなりときくなにをつたよりの御すま居(ゐ)にかいにしへの| 御事(おんこと)もゆかしくなんといへは老僧(らうそう)郁芳門院(いくはうもんゐん)の侍([さ]むらい)の一﨟(いちろう)にてはへりしか| 女院(によゐん)かくれさせたまひてのち出家(しゆつけ)して国々(くに〳〵)修行(しゆきやう)せしか此野(このの)へ仏道(ふつたう)| 修行(しゆきやう)のかくれ家(か)にたよりありとおもひて廿九の年(とし)よりすてに六十 余(よ)| 年 此所(このところ)にとゝまれりされは読誦(とくしゆ)の数(かす)七万 余部(よふ)なりとかたる| 西行(さいきやう)も郁芳門院(いくはうもんゐん)の御事もよそならぬ御事なれはたかひに| かたりこけのたもとをしほり名残(なこり)をしくおほえけれともあかつき| かた立(たち)わかるゝとて| いかて我きよくくもらぬ身となりて心の月のかけをみかゝん| いかゝすへき世にあらはやは世をも捨てあなうの世やとさらに思はん| 秋はたゝこよひはかりの名なりけり同し雲井に月はすめとも》
紫草(むらさき) 武蔵野(むさしの)の景物(けいふつ)とす和名類聚抄(わみやうるゐしゆしやう)無良散岐(むらさき)と訓(くん)す
紫(むらさき)は最上(さいしやう)の色(いろ)にして古歌(こか)にも免(ゆるし)の色(いろ)又(また)位(くらゐ)の色(いろ)抔(なと)詠(よみ)あはせ
たり根(ね)を砕(しほり)て染(そむ)る故(ゆゑ)に紫(むらさき)の根染(ねそめ)又(また)紫(むらさき)の根摺(ねすり)ともいへり女(をんな)に
比(ひ)しては縁(ゆかり)の色(いろ)抔(なと)もいへり江戸(えと)の紫染(むらさきそめ)は最(もつとも)絶妙(せつみやう)にして他邦(たほう)に
比類(ひるゐ)なし故(ゆゑ)に江戸(えと)むらさきの称(しよう)あり
【枠外】 三ノ百七十二
【左丁】
延喜式 内蔵寮式曰
紫草二萬二百斤武蔵国信濃国二千八百斤云々
同書曰 民部省式曰
紫草三千三百斤云々
《割書:古今| 紫の一本故に武蔵野の草はみなからあはれとそみる よみ人| しらす》
《割書:後撰| むさし野は袖ひつはかりわけしかと若紫は尋わひにき 同》
《割書:新勅撰| 武蔵野の野中をわけて摘初し若紫の色はかきりか 九条| 右大臣》
《割書:続古今| むさし野に生とし聞は紫の其色ならぬ草もむつまし 小町》
逃水(にけみつ) 武蔵野(むさしの)の景物(けいふつ)なり里老(りらう)云(いは)く仲秋(ちゆうしう)の末(すゑ)霖雨(りんう)の頃(ころ)此(この)
野(の)を行(ゆく)に凹(くほか)なる所(ところ)に水(みつ)湛(たゝ)へて通(かよ)ひかたし此所(こゝ)に除(よけ)彼所(かしこ)にさけて
行(ゆく)に道(みち)も定(さたか)ならす草根(さうこん)沼(ぬま)の如(こと)し故(ゆゑ)に往来(わうらい)の人(ひと)《振り仮名:吟■|さまよひ》【注】歩行(あるく)を云と
此説(このせつ)信(しん)とするに足(たら)さるへし或(あるひは)云(いふ)天日(てんしつ)快明(くわいめい)の時(とき)嚝野(くわうや)陽熖(やうゑん)の気(き)に
よりて遠(とほ)く望(のそ)めは草(くさ)の葉(は)末(すゑ)の風(かせ)に靡(なひく)か水(みつ)の流(なか)るゝ如(こと)く見(み)ゆるを
いふ依(よつて)其所(そのところ)とおほしき辺(あたり)へ至(いた)れとも素(もと)水流(すゐりう)あるにあらされは
【注 ■は「口+由」。「呻吟」ヵ】