翻刻
【右丁】
《割書:夫木| 花の色も籠りし妻やこれならん一本菊のむさしのゝ原 為実》
《割書:回国雑記 むさし野(の)にて残月(さんけつ)をなかめて| 山遠し有明のこるひろ野かな 道興| 准后》
《割書:桂林集 むさし野(の)に長陣(なかちん)せし時(とき)ほとゝきすを聞(きゝ)て| むさしのは木陰も見えす時鳥幾日を草の原に鳴らん 直朝》
《割書:武蔵野記行| 天文(てんもん)十五年 仲秋(ちゆうしう)の頃(ころ)むさし野(の)をみんと此(この)年月(としつき)| 思(おも)ひ立(たち)ぬることなれは人〳〵あまたうちつれて小鷹(こたか)かり| して遊(あそ)はんとて《割書:中略》むさし野(の)をかり行(ゆく)にまことにゆけ| ともはてあらはこそ萩(はき)薄(すゝき)女郎花(おみなへし)の露(つゆ)にやとれる| 虫(むし)の声(こゑ)〳〵あはれをもよほすはかりなり| むさし野といつくをさして分入らん行もかへるも果しなけれは 氏康| いにしへの草(くさ)のゆかりもなつかしけれはなり是(これ)も| むらさきのひともとゆゑなるへし| 道たつなよ我世の中の人なれはしるもしらぬも草の一本 同》
《割書:武蔵野(むさしの)の古哥(こか)は万葉集(まんえふしふ)をはしめとし代(よ)々の撰集(せんしふ)其余(そのよ)哥合(うたあはせ)およひ家々(いへ〳〵)|の集等(しふとう)にあまたあれとも枚挙(まいきよ)にいとまあらすたゝ世(よ)に耳(みゝ)なれたるもの其(その)|百(ひやく)かひとつを記(しる)しはへるのみ》
【枠外】 三ノ百七十一
【左丁】
武蔵野翁(むさしのゝおきな) 翁(おきな)は其(その)郷(かう)姓(せい)話(かた)らすたゝ郁芳門院(いくはうもんゐん)の一《振り仮名:﨟士|ろうし》と
云(いふ)院(いん)崩(ほう)するの後(のち)齢(よはひ)二十九にして世(よ)を避(のかれ)て諸国(しよこく)を遊歴(いうれき)し
此(こゝ)に止(とゝま)る庵(いほ)を結(むす)ひ月(つき)に臥(ふ)して武蔵野(むさしの)の広(ひろき)を愛(あい)す六十年を
経(へ)て西行法師(さいきやうほふし)に邂逅(かいこう)す一宿(いつしゆく)を投(とう)して通宵(よもすから)古(いにしへ)を淡(たん)【談ヵ】し涙(なみた)を
緇衲(しのふ)に濺(そゝ)き暁(あかつき)に迨(およん)て別(わつ)る《割書:続扶桑隠逸傳(そくふさうゐんいつてん)|の文意(ふんい)をとる》
《割書:西行物語 さしていつくを心(こゝろ)さすともなけれは月(つき)のひかりにさそはれて| はる〳〵とむさし野(の)にわけ入(いる)ほとにをはなか露(つゆ)にやとる月(つき)末(すゑ)こす風(かせ)に| 玉(たま)ちりて小萩(こはき)かもとのむしのねいと心(こゝろ)ほそくむさし野(の)の草(くさ)のゆかりを| 尋(たつね)けんもなつかしくやとをは月(つき)にわすれてあすの道行なんと| 口(くち)すさひて行(ゆく)程(ほと)に道(みち)より五六町はかりさし入(いり)て経(きやう)をとくしゆする| こゑしけれは人里(ひとさと)は此末(このすゑ)に遥(はるか)に道たゝりたるとこそ聞(きゝ)しにあやしと| 思(おも)ひて声(こゑ)につきて尋(たつ)ね入(いり)てみれはわつかなる庵(いほ)のうへをはうす| から萱(かや)にてふき萩(はき)女郎花(をみなへし)いろ〳〵の秋(あき)の草(くさ)にてめくりをかこひ夜(よ)ふす| 所(ところ)とおほえて東(ひかし)によりてわらひのほとろを折(をり)しき西(にし)のかへに画(ゑ)さう| の普賢(ふけん)をかけ奉(たてまつ)り御(み)まへには法華(ほつけ)八 軸(ちく)を置(おか)れたり庭(には)には千草(ちくさ)の| 花露(はなつゆ)にかたふき虫(むし)のこゑ〳〵所(ところ)からにあはれにいつこそと問(と)ふ人(ひと)もあら| しとおもへはかよひちもたえにけり庵(いほり)の内(うち)を見(み)いれたれはかうへには雪(ゆき)| ふりまゆには霜(しも)をたれたる老僧(らうそう)九十 有余(いうよ)とおほえたるか在於閑處(さいおけんしよ)| 修摂其心(しゆせうこしん)とよみたてまつる若(もし)仙人(せんにん)なとにてもやとあやしく思(おも)ひて| 八月十五 夜(や)名(な)にたかはぬ月(つき)のかけなれはいつくのかくれ家(か)まてもまかふ》