翻刻
【右丁】
蚕神(さんじん)祭(まつり)の事
或人(あるひと)神道者(しんたうしや)に問(とふて)云 諸国(しよこく)に蚕神(さんじん)と崇(あがめ)祭(まつ)る神一 体(てい)ならず何(いづ)れの神を祭(まつ)りて
是(ぜ)ならんと問(と)ふ答(こたへて)云 夫(それ)神(かみ)は不測(ふしき)の徳(とく)を備(そなへ)ましませば何れの神(かみ)にても崇信(そうしん)
至誠(しせい)ならば諸願(しよぐわん)に随(したがつ)て感応(かんおう)あらずといふ事なし然(しかり)といへども今(いま)問(とひ)に因(よつ)て姑(しば)らく
これを論(ろん)せば天照皇太神(あまてらすすめおほんがみ)保食神(うけもちのしん)天熊人神(あまくまんどのしん)此 三神(みはしら)を祭(まつ)りて則(すなはち)可(か)ならん天照(あまてらす)
皇太神(すめおほんがみ)保食神(うけもちのしん)は天地陰陽(てんちゐんやう)の神にして太神(おほんがみ)は始(はじ)め大日孁尊(おほひるめのみこと)と申奉り天上(あめ)の
道(みち)をしろし召(めし)給ふ又 保食神(うけもちのしん)と申すは陰(ゐん)にして地(ち)の御神なり始(はじ)め稚産霊(わかむすびの)
尊(みこと)と申奉り又 保食神(うけもちのしん)又 倉稲魂命(うがのみたまのみこと)とも申す此三ツの別号(べつがう)あるを以(もつ)て三 宝荒(ほうくわう)
神(じん)とも崇(あが)め奉るなり凡(すべて)人間(にんげん)はいふにおよばず《振り仮名:禽獣虫魚艸木|きんしうちうぎよさうもく|とりけものむしうをくさき》迄も皆此 神体(しんたい)より
生出(なりい)づ稲(いね)は人の命(めい)を養(やしな)ふ最上(さいじやう)の艸(くさ)なるが故(ゆへ)に稲魂(いなたま)の登(みのら)ざる時は万民(ばんみん)飢餓(きが)に
苦しみ国家(こくか)治(おさ)まらず故(かるかゆへ)に米(よね)といふは世(よ)の根(ね)といふ略語(りやくご)なり又 米(こめ)といふは
【左丁】
籠(こめ)るの義(き)なり宝(たから)といふは田(た)からといふ訓(くん)也 神代(かみよ)に神田(かんた)を耕(たがや)し苗代(なはしろ)に籾種(もみたね)の芽(め)
を出し蒼々(あを〳〵)と生(はゆ)る時 稚産霊神(わかむすびのしん)主(つかさど)り給ふ又 苗(なへ)を取(とり)神田(かんた)に植(うへ)耘(くさぎり)育(そたつ)る時 保食神(うけもちのしん)
主(つかさど)り給ふ秋に至り既(すで)に熟(みの)る時は倉稲魂(うがのみたまの)神 主(つかさど)り給ふ又 稲荷(いなり)大明神とも崇(あがめ)奉りて
三 義(ぎ)あり苗代(なはしろ)に扨(もみ)の生(はへ)出る時を稲生(いなり)大明神と号(がう)し既(すで)に登(みのり)て刈収(かりおさむ)る時 稲荷(いなり)大明神と
申す炊(かし)き熟(じゆく)する時を飯成(いなり)大明神と崇(あがめ)祭(まつ)る皆(みな)同体(どうたい)異名(ゐみやう)にして時々(とき〳〵)主(つかさど)らせ給ふ所
の神徳(しんとく)によりて斯(かく)号(なづけ)奉る也 五穀(ごこく)はもとより養蚕(やうさん)の道(みち)を教(をしへ)給ひて邪風(じやふう)消除(せうぢよ)起伏(きふく)
繁昌(はんじやう)を守(まも)らせ給ふ御神なれば養蚕(やうさん)大明神と崇(あか)め祭(まつ)るべきなり又養蚕に
午(むまの)日を吉日(きちにち)とす午(むま)は時に取て日中(につちう)陽(やう)の満(みつ)る時刻(じこく)なり殊更(ことさら)稲荷(いなり)大明神を祭(まつ)るにも
此日を以(もつ)てすれば蚕業(さんげふ)に吉日とするは宜(むべ)なり又 天熊人(あまくまんど)の神(しん)は天神(あめのかみ)の勅(みことのり)をうけて
保食神(うけもちのしん)の許(もと)に至(いた)り五 穀(こく)の種(たね)蚕の繭(まゆ)をとり伝(つた)へ太神(おほんがみ)に捧(さゝ)げ給ふにより世々(よゝ)に伝へ
万民(ばんみん)《振り仮名:凍餓|とうが|こゝへうゆる》の患(うれ)ひなく身を安(やす)んずるは此 神(かみ)の功(いさほし)なり然れば上(かみ)にいふ所の三神の御 神恩(しんおん)
現代語訳
【右丁】
蚕神祭りについて
ある人が神道の専門家に質問して言った。「全国各地で蚕神として崇め祭る神は一様ではありませんが、どの神を祭るのが良いのでしょうか」と問うた。答えて言うには「そもそも神は不思議な徳を備えていらっしゃるので、どの神であっても崇拝する心が真心からのものであれば、あらゆる願いに応じて霊験がないということはない。そうは言っても、今の質問に答えるために少し論じるとすれば、天照皇大神、保食神、天熊人神、この三柱の神を祭るのが良いだろう。天照皇大神と保食神は天地陰陽の神であって、皇大神は初め大日孁尊と申し上げ、天上の道を司られる。また保食神と申すのは陰の性質で地の御神である。初め稚産霊尊と申し上げ、また保食神、また倉稲魂命とも申す。この三つの別名があることによって三宝荒神とも崇め奉るのである。すべて人間はもちろん、鳥獣虫魚草木まで皆この神体から生まれ出る。稲は人の命を養う最上の草であるがゆえに、稲魂が実らない時は万民が飢餓に苦しみ、国家が治まらない。ゆえに米というのは世の根という略語である。また米というのは
【左丁】
籠めるという意味である。宝というのは田からという語源である。神代に神田を耕し、苗代に籾種の芽を出し、青々と生える時、稚産霊神が司られる。また苗を取り神田に植え、草取りをして育てる時、保食神が司られる。秋に至り既に実る時は倉稲魂の神が司られる。また稲荷大明神とも崇め奉って三つの意味がある。苗代に籾の生え出る時を稲生大明神と号し、既に実って刈り収める時、稲荷大明神と申す。炊いて熟する時を飯成大明神と崇め祭る。皆同じ神体で異なる名前であって、時々に司られる神徳によってこのように名付け申し上げるのである。五穀はもちろん養蚕の道を教えられて、邪悪な風を除き、蚕の起きふしや繁栄を守らせ給う御神であるから、養蚕大明神と崇め祭るべきである。また養蚕に午の日を吉日とする。午は時刻でいえば日中で陽気が満ちる時刻である。特に稲荷大明神を祭るにもこの日を用いるので、蚕業に吉日とするのは当然である。また天熊人の神は天神の勅命を受けて保食神のもとに至り、五穀の種と蚕の繭を取り伝え、皇大神に捧げられることにより、代々に伝えて万民が凍餓の憂いなく身を安んずるのはこの神の功績である。そうであれば上に言う三神の御神恩