「会津若松市デジタルアーカイブ」公開資料を翻刻

コレクション: 諸士系譜

諸士系譜 巻之50 に之部1 - 翻刻

諸士系譜 巻之50 に之部1 - ページ 62

ページ: 62

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   分け小備四隊ニ作り五方旗之合図を始運用之    練法ニ致同廿八日弐番隊之操練在之諸ニ而前放    後助之法入一覧候尤最初三度之操殊ニハ一    同甲冑を帯銃手ハ毎度本玉を用板角を建    打之長銃之士も両度大筒之業致候処其    響キ山林ニ鳴渡り冷敷有様ニ付蝦夷人共大ニ恐    怖致山入江逃去んと致候由之処通詞とも其訳説キ    為聞候へ者皆々案堵いたし大ニ頼母敷存赤    人何程致渡来候共恐候儀無之迚殊之外悦喜    致候由惣而操練運用之都合臨時ニ差引致    四度同都合ニ無之様切盛致取調候処伝十郎殿    始一ト通挨拶之訳ニ無之甚被致感心候様子ニ而    品々被尋候儀在之殊之外被致賞美他ニ比類    在之間敷実ニ練熟之段御頼母敷事ニ候    其次第一々江戸表江及言上ニ而可有之旨厚    被申聞候事 一 同月公辺ゟ御人数一統病難等無之様品々   御手厚ニ御世話被成下御施薬被下其外御役人中   より度々酒肴被相贈候    但去年津軽家御人数シヤリニ而百人之中