翻刻
【右丁】
《割書:友山翁(いうさんをう)の説(せつ)に元和(けんわ)年中迄の棟札(むなふた)に武州(ふしう)河越城主(かはこえのしやうしゆ)大道寺(たいたうし)|駿河守(するかのかみ)是(これ)を奉行(ふきやう)すとありと云云》忠善(ちうせん)上人を以(もつ)て別当職(へつたうしよく)とす《割書:忠善(ちうせん)|上人は》
《割書:北条幕下(ほうてうはくか)遠山丹波守(とをやまたんはのかみ)の末子(はつし)なり又 其師(そのし)忠海(ちうかい)上人といへるは摂州(せつしう)細川律師定禅(ほそかはりつしちやうせん)の末葉(はつえう)武州(ふしう)金沢(かなさは)の城主(しやうしゆ)|伊丹三河守(いたみみかはのかみ)の子(こ)なり三河守(みかはのかみ)宿願(しゆくくわん)の事(こと)ありて末子(はつし)を沙門(しやもん)とし当寺(たうし)の別当(へつたう)とす是(これ)より後(のち)は代々 伊丹(いたみ)遠山(とをやま)の》
《割書:両家(りやうけ)より別当職(へつたうしよく)を|相続(さうそく)せしとなり》然(しか)るに元禄(けんろく)年中 故(ゆへ)ありて《割書:或人云 貞享(ちやうきやう)|二年の事(こと)なりとそ》別当(へつたう)知楽院権僧正宣存(ちらくゐんこんそうしやうせんそん)
鎌倉(かまくら)へ退居(たいきよ)し夫(それ)より東叡山(とうえいさん)に属(そく)す当寺(たうし)本尊(ほんそん)は殊(こと)に
大神君(たいしんくん) 御信仰(こしんかう)最厚(もつともあつき)に 依(よつ)て寺領(しりやう)若干(そくはく)を附(ふ)せられ寛永(くはんえい)十九年二月十九日
回禄(くわいろく)の後(のち)も慶安(けいあん)三年庚寅六月三日 手釿(てをの)はしめありて堂塔(たうたふ)御建立(ここんりふ)ありしより
このかた 公(おほやけ)より修理(しゆり)を加(くは)へられ誠(まこと)に無双(ふそう)の霊場(れいちやう)となれり
修正会(しゆしやうゑ)《割書:除夜(しよや)より正月六日に至(いた)る|一七日の間 毎夕(まいせき)追儺(ついな)あり》牛王加持(こわうかち)《割書:同五日巳の刻(こく)執行(しゆきやう)す同日 三社(さんしや)|権現(こんけん)の社前に流鏑馬(やふさめ)あり》多羅尼会(たらにゑ)《割書:同十二日より|十八日に至(いた)り》
《割書:一七日の間 昼夜(ちうや)|温座(おんさ)にて修行(しゆきやう)す》祭礼(さいれい)《割書:隔年(かくねん)三月十八日なりこの祭礼(さいれい)は往古(むかし)正和(しやうわ)元年の神詫(しんたく)【託】に依(よつ)てこれをはしむ十七日に三社(さんしや)の|神輿(みこし)を本堂(ほんたう)へうつし拍板(ひんさゝら)獅子舞(ししまひ)あり当日は神輿(みこし)を浅草(あさくさ)の大通(おほとほ)りを渡(わた)し浅草橋(あさくさはし)に》
《割書:至(いた)るそれより船(ふね)に乗(しよう)し帰輿(きよ)は駒形(こまかた)より上(あか)らせらる此日 旧例(きうれい)として武州(ふしう)六郷(ろくかう)大森(おほもり)等(とう)の海村(かいそん)より猟船(れふせん)を出(いた)しかし|こより漁人(きよしん)来(きた)りてこれを供奉(くふ)す往古(むかし)此地の漁師(れふし)を大森村(おほもりむら)の辺(あたり)へ移(うつ)しけるより今も祭礼に此 儀(き)有(あり)といへり》
簔市(みのいち)《割書:同日 近在(きんさい)の農夫(のうふ)簔(みの)を持(もち)出て雷神(らいしん)門の前(まへ)|をよひ馬道(むまみち)等(とう)の辺(へん)にて是を鬻(ひさ)く》拍板(ひんさゝら)《割書:毎年六月十五日 執行(しゆきやう)す此日も三月十七日の如(こと)|く本堂(ほんたう)の前(まへ)に舞台(ふたい)をしつらひ是(これ)を勤(つと)む神楽(かくら)》
《割書:其外 神事(しんし)を執行(しゆきやう)す此 祭礼(さいれい)は鎌倉右府将軍(かまくらうふしやうくん)再興(さいこう)|ありしといへり其 拍子(ひやうし)等甚 古雅(こか)にして殊勝(しゆしよう)なり》千日参(せんにちまいり)《割書:七月十日 前夜(せんや)より参詣(さんけい)群集(くんしふ)せり俗(そく)にこの|日をもつて四万六千日 詣(まふて)と称(しよう)す》
《振り仮名:年の市|とし いち》《割書:毎歳(まいさい)十二月十七日十八日両日のあいた衢(ちまた)に仮屋(かりや)を■(まう)【儲】け注連飾(しめかさり)蓬莱飾(ほうらいのかさり)物 等(とう)すへて歳首(としのはしめ)の賀(ことふき)に|用(もち)ゆへき種(くさ)〳〵を売買(うりかい)す浅草大通(あさくさおほとをり)をよひ下谷通(したやとほ)りともに群集(くんしふ)す殊更(ことさら)境内(けいたい)は尺寸(せきすん)の地(ち)な》
【左丁】
《割書:く只(たゝ)人を以て地を覆ふに異ならす実(まこと)に此日の繁昌(はんしやう)江戸(えと)第一(たいいち)にて|遠近(ゑんきん)に轟(とゝろ)けり往古(むかし)は毎月三八の日此所にて市(いち)立(たち)しとそ》節分会(せつふんゑ)《割書:此日 節分(せつふん)の守札(まもり)をいたす|是(これ)を受得(うけえ)んとする輩(ともから)堂》
《割書:中(ちう)に充(みち)て其 囂(かまひす)しき事 言葉(ことは)に述(のへ)かたし猶其 余(よ)の|行事(きやうし)は繁(しけき)をいとひてこゝに略(りやく)せり》
抑(そも〳〵)当寺(たうし)は一千百七十有 余(よ)年を経(ふる)の古刹(こせつ)にして実(しつ)に日域無双(にちいきふそう)繁昌(はんしやう)の霊(れい)
区(く)なり其(その)霊験(れいけん)の著(いちしるき)事は普(あまね)く世(よ)に知(しる)所(ところ)なり常(つね)に金鈴玉磬(きんれいきよくけい)の響(ひゝき)絶(たえ)す焼香(せうかう)
散華(さんくは)の勤行(つとめ)怠(をこた)る事(こと)なし朝(あした)より夕(いうへ)に至(いた)る迄 参詣(さんけい)の貴賤(きせん)袖(そて)を連(つらね)て場(には)に
充満(みちみて)り殊更(ことさら)月毎(つきこと)の十七日には通夜(つや)の緇素(しそ)堂中(とうちやう)に参籠(さんろう)して終夜(よもすから)誦経(しゆきやう)念(ねん)
咒(しゆ)怠慢(たいまん)なし又 境内(けいたい)売物(うりもの)の数(かつ)多(おゝき)か中(なか)にも錦袋円(きんたいゑん)浅草餅(あさくさもち)揚枝(やうし)【楊】珠数(しゆす)五倍(ふしの)
子(こ)茶筌(ちやせん)酒中花(しゆちゆうくは)香煎(かうせん)浮人形(うきにんきやう)の類(るい)殊(こと)に浅草海苔(あさくさのり)は其名世に芳(かんは)し手遊(てあそひ)
錦絵(にしきゑ)等(とう)を商(あきな)ふ店(みせ)軒(のき)をならへたり他邦(たはう)の人こゝに至りて其/繁昌(はんしやう)をしるへし
浅草川(あさくさかは) 隅田河(すみたかは)の下流(かりう)にして旧名(きうめい)を宮戸川(みやとかは)と号(かう)す《割書:古鹿子(ふるかのこ)に三(み)|屋戸(やと)に作(つく)る》白魚(しらうを)紫鯉(むらさきこい)の
二品(にひん)を此河(このかは)の名産(めいさん)とす美味(ひみ)にして是(これ)を賞(しやう)せり鰻鱺(うなき)蜆(しゝみ)も又 佳品(かひん)とす
《割書:按に本尊縁起(ほんそんえんき)の中に宮戸川の沖(おき)に網(あみ)を下すといへる事あり源平盛衰記(けんへいせいすいき)に治承(ちしやう)四年九月 頼朝(よりとも)下(しもつ)|総(ふさ)より武蔵(むさし)へ打越(うちこへ)らるゝ条下(てうか)に石浜(いしはま)とまうす所(ところ)は江戸太郎(えとのたらう)か知行所(ちきやうしよ)なりおりふし西国船(さいこくふね)の着(つき)た》
《割書:るを数千艘(すせんさう)あつめ三日の中に浮橋(うきはし)をくみけるとありしかるときは往古(むかし)は石浜(いしはま)の辺(あたり)入津(にふしん)の湊(みなと)にて西国の|船(ふね)も入来(いりきた)りしとみえたり又 氏康武蔵野記行(うちやすむさしのきこう)に墨田河(すみたかは)に着(つき)ぬ《割書:中略|》むかひは安房(あは)上総(かつさ)まのあたり見渡(みわた)》
【■は、「亻+設」「儲」の誤】