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コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 5 江戸名所図会

江戸名所図会 20巻 巻之15 - 翻刻

江戸名所図会 20巻 巻之15 - ページ 8

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【右丁 絵図】 丸山(まるやま)   浄心寺(しやうしんし)      祖師堂     方丈     本堂 【左丁】 諏訪山(すはさん)吉祥寺(きちしやうし) 同所壹町はかり北(きた)の方(かた)にあり曹洞(さうとう)の禅宗(せんしう)にして江戸(えと)  檀林(たんりん)の一(いつ)なり因(よつ)て旃檀林(せんたんりん)と号(かう)す《割書:諏訪(すは)明神(みやうしん)の敷地(しきち)なる故(ゆへ)に諏訪山(すはさん)と|号(かう)す今猶 境内(けいたい)に鎮坐(ちんさ)す》本尊(ほんそん)は  釋迦(しやか)如来(によらい)開山(かいさん)は青巖(せいかん)周陽(しうよう)禅師(せんし)なり當寺(たうし)は長禄(ちやうろく)年中 大田(おほた)持資(もちすけ)  江戸城(えとしやう)を営(いとなみ)し頃(ころ)かしこに井(ゐ)を堀(ほり)しに𡈽(と)中(ちう)より吉祥(きちしやう)増上(そうしやう)の文字  ある銅印(とうゐん)を得(え)たり依(よつて)吉瑞(きつすい)なりとて一宇(いちう)を建(たて)直(たゝち)に吉祥庵(きちしやうあん)と號(なつ)く  《割書:今(いま)御城(おんしやうの)中(うち)和田倉(わたくら)|其(その)旧地(きうち)なりとそ》其後(そののち)北条(ほうてう)幕下(はくか)遠山(とをやま)丹波守(たんはのかみ)中興(ちうこう)す天正(てんしやう)年中 御城(おんしろ)  御造営(こさうえい)の時(とき)《割書:五代目(こたいめ)用山(ようさん)和尚(おしやう)|現住(けんしう)の頃なり》神(かん)田(た)の臺(たい)に地(ち)を賜(たま)ひ寺領(しりやう)等(とう)を附(ふ)せられ遂(つゐ)に  明暦(めいれき)三年 今(いま)の地(ち)にうつさる《割書:水道橋(すいたうはし)は當寺(たうし)神(かん)田(た)の臺(たい)にありし頃(ころ)の表門(おもてもん)の地(ち)な|りとそ故(ゆへ)に寛文(くわんふん)年中 江戸(えと)繪圖(ゑつ)にも水道橋(すいたうはし)を吉祥(きちしやう)》  《割書:寺橋(しはし)と|記(しる)せり》 駒込(こまこみ)神(しん)明宮(めいくう) 同所二丁はかり北(きた)の方(かた)にあり社傳(しやてん)に云(いはく)文治(ふんち)五年 右大将(うたいしやう)  頼朝(よりとも)公 奥刕(あうしう)征伐(せいはつ)の時(とき)霊夢(れいむ)の事(こと)ありける其(その)朝(あした)此あたり社地(しやち)を  求(もと)め索(さく)りしに一松株(いつしようちゆう)の枝(えた)に大麻(おほぬさ)のかゝれるあり公(こう)是(これ)を拜し給ひ是(これ)霊(れい)  夢(む)の應(おう)なりとて直(すく)に其地(そのち)に神明宮(しんめいくう)を勧請(くわんしやう)すと云云 其後(そののち)多くの星(せい)