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コレクション: コレクション3

牛痘辨非 - 翻刻

牛痘辨非 - ページ 2

ページ: 2

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牛痘辨非(ぎうとうべんひ) 痘科(とうくわ、ホウソウカ)は醫家(いか)十三/科(くわ)の一(いつ)にして漢土(かんど、モロコシ)にては宋元(そうげん)以来世々(よゝ)其人に乏(とほし) からずといへ共我(わが) 邦(くに)にては専(もつは)ら痘科と称(しよふ)するもの古来(からい)より 断(たえ)てある事(こと)なし予(よ)が高祖嵩山君明(すうざんくんみん)の載曼公園先生(たいまんこうせんせい)に従(したがい)て悉(こと〴〵)く 其奥秘(おうひ)を伝授(でんじゆ)し祖考錦橋君(そこうきんきょうくん)に至りて始(はじめ)て痘科を以て専門(せんもん)とし 京師(けいし)に在(あり)て世に鳴(な)り遂(つい)に 太府(たいふ、コウギ)の召(めし)に應(おう)じて東都(とうと)の醫官(いくわん)に列(れつ)す 実(じつ)に 本邦痘科(ほんほうとうくわ)の鼻祖(びそ、ハジメ)たる事世の知(しる)所なり故に治痘の法に於(おけ)る 皆/予(よ)が家術(かじゆつ)におざるはなし凡(おうよそ)痘(とう、ホウソウ)に関係(くわんけい、カゝル)する所何事(ところなにごと)によらず人の 問(とひ)に答(こたへ)て其方法(ほう〳〵)を説示(ときしめさ)ざる事なしされば治痘(ちとう)の諸法(しよほう)に至りては 漢蘭(かんらん)を擇(えらば)ず田夫野媼(でんふやおん、イナカノチゝバゝ)の語(ご)といへ其博(ひろ)く集(あつめ)て其/可否(かひ、ヨシアシ)を撰(えら)び可(か、ヨキ)なる