翻刻
短歌行(たんかかう)贈(おくる)_二王郎司直(わうらうしちよくに)_一
王郎酒酣(わうらうさけたけなはにして)拔(ぬき)_レ剣(けんを)斫(きつて)_レ 地(ちを)歌(うたふ)_二莫哀(ばくあいを)_一。我(われ)
能(よく)拔(ぬかん)_二爾抑塞磊落之奇才(なんぢがをくそくせるらいらくのきさいを)_一。 予章(よしやう)翻(ひるがへつて)
_レ風(かぜに)白日動(はくじつうごき)。鯨魚(けいきよ)跋(ふんで)_レ浪(なみを)滄溟開(さうめいひらく)。且(しばらく)脱(だつして)_二剣(けん)
佩(はいを)_一休(やめよ)_二徘徊(はいくわいすることを)_一。 西(にしのかた)得(えて)_二諸侯(しよこうを)_一棹(さをぜば)_二錦水(きんすゐに)_一。欲(ほつせん)_下向(むかつて)_二
何門(いづれのもんに)_一趿(ふまんと)_中珠履(しゆりを)_上。仲宣楼頭春色深(ちうせんろうとうしゆんしよくふかし)。青眼(せいがん)
高歌(かうかして)望(のぞまん)_二吾子(ごしを)_一。眼中之人吾老矣(かんちうのひとわれおひたり)。【印「栖霞」】
-------------------------------------------------------------------------------
酒宴(しゆえん)して剣(つるぎ)をぬくは気象(きしやう)なるもやうを云 志(こゝろざし)をとげぬとて悲(かなしま)ぬがよい先(まづ)酒(さけ)を飲(のん)で
心(こゝろ)を慰(なくさ)み給へ莫哀(ばくあい)と云て我(われ)を悲(かなし)み思ふてくれる心(こゝろ)で歌(うた)ふ歎(なげ)かるゝな我(われ)らが立身(りつしん)
したならこなたの気象(きしやう)を知(しつ)て居(ゐ)ることなればおし付(つけ)られてゐらるゝをおれが抜出(ぬきいだ)し
てやらうほどに歎(なげ)かずとも酒(さけ)を飲(のん)だがよい其元の磊落(らいらく)の奇才(きさい)に於(おい)ては予章(くすのき)の
大木(たいほく)が風(かぜ)に翻(ひるがへつ)て白日(はくじつ)動(うご)くやうにあり又 大鯨(おほくじら)が滄海(さうかい)の波(なみ)を踏(ふん)で通(とを)るやうにて中〳〵
狭(せま)き溝(みぞ)堀(ほり)などに住(すむ)小魚(せうぎよ)と斉(ひとし)うはならぬしばらく剣佩(けんはい)を脱(ぬい)で徘徊(はいくわい)をやめじつとして
居(ゐ)給へもし其元(そのもと)大名(だいみやう)に成(なり)て錦江水(きんこうすゐ)のあたり棹(さほ)さす時に節度使(せつとし)になつたらば
何(いづ)れの門(もん)に向(むかつ)て珠履(しゆり)をふまんと思(おも)はるゝや大方(おほかた)おれが処(ところ)へ来(き)やるであらう此 句(く)は
故事(こじ)二ツあれとも目立(めだゝ)ぬ春申君(しゆんしんくん)が食客(しよくかく)三千人 躡(ふむ)_二玉履(しゆりを)_一とあると鄒陽(すうやう)が何(なに)
王之門(わうのもん)にか長裾(ちやうきよ)を曳可(ひくべから)ざらんや云を一 句(く)に用(もちひ)た上手(しやうず)なつかひかたなりおれが宅(たく)へ
来(こ)られたなら昔(むかし)荊州(けいしう)の劉表(りうへう)と云 大名(だいみやう)の処へ王仲宣(わうちうせん)が来(き)た時(とき)のやうにとも〴〵
春色(しゆんしよく)をもてあそんで心(こゝろ)よく青眼(せいがん)をなし高歌(かうか)してもなすべし王郎(わうらう)しか云(いふ)て
くれらるゝは忝(かたじけな)いが其元(そのもと)のみやる通(とを)り眼中(がんちう)の人の中(なか)では我(われ)らが一ばんに年(とし)がよつた
と仕舞(しまひ)に唯(たゞ)一 句(く)で答(こたへ)たが面白(おもしろ)いどうぞ早(はや)く頼(たの)むと云 心(こゝろ)がこもる