翻刻
一同午年三月廿日晩郷原村寿助方家内不残
十一人毒草にあたられ早打にて我にしらせ候
間飛行見候処皆〻乱心に相成り何からどふと
申事もならず郷原岩原男女大勢押寄せ一人
〳〵にとらまへ居候得は爰からは腕まくりして
奢りかけ出スを五人三人ニて押付かしこは唄ひ或は
高笑ひしたり打寄りしものも皆〻あきれ
中嶋星子の両医も手に不及金を費色〻の
毒けしの手をつくし漸晩比に本気立
ける故皆〻息をつき申候是を境に草
類は不喰なと能事は無之若輩のもの共
可嗜事は是也
一同午年四月廿三日ゟ当村の内瀬戸田に芝居
㒵見せ有之同晦日迄今年は去冬ゟの御|穏(ヲン)便
故四月迄芝居御免有之大当りニて候
同午五月中旬比 《割書:小麦壱表拾五匁 大麦十匁|夏そは九合五分 其外右ニ順》【上部に順準誤と記載有】
一同午年六月三日当殿様初御国入被遊御家
中御府中大賑合御国中下〻迄奉恐悦候
一右同月十三日 御上御祝御坐候由噂致候
一同午六月朔日ゟ大雨降り七月八日迄日〻の雨ニて