翻刻
一同己年十月朔日晩山鹿上町酒屋八右衛門方ゟ
出火有之都合二十七軒焼失いたし候
一同己年十月廿六日太守様於江戸御逝去
被為遊候御病中御末期御句に
時たるゝや明り障子の音計りと被遊候との噂
御座候
一同年十二月二日大殿様御位牌御通行
江戸より熊本に御通有之候
一同年十二月十五日晩内田手永江栗村出火
有之都合十八竈焼失仕候也
一同年十二月廿八日中村手永新町座頭ささんいち妻
子三人自害いたし候兼々夫ノ座頭無道者
にて余り家内のものにも御近なくいたし候
故との事なり夫ゟ公義より御吟味も有之候
得共盲人故歟何事なく相済候也
一天明六年午ノ二月十四日ゟ手前本宅大工小屋入
いたし大工郷原村吉三郎高椎村久次郎居村夫七
郷原村宇右衛門古閑原村宇助右三次持枩村兵七同弟子宇三郎
高野村久次弟子太助都合九人相詰尤色々隙取候間
居屋台所迄ニて相止メ漸四月十日棟揚ケ五月朔日
家移りいたし候扨々不快大心遣いたし候