翻刻
△深川(ふかかは)富士見(ふじみ)橋(ばし)に二の組鳶人足善五郎といふものあり右地震にて其家|潰(つぶれ)しが妻子おば
赦(たすけ)出しけるに倖(さいはひ)に怪我(けが)もなし尓(しかる)に隣(となり)に物音(ものおと)高く聞しかば鳶を携(もち)急(いそぎ)駈行(かけゆき)見るに正(まさ)に
小笠原|左京矦下邸(さけうどのしもやしき)の玄関を残し館中残(やかたぢうのこり)なく崩(くつれ)潰其中に泣喚(なきさけぶ)聲切に聞へしかば力(ちから)に任(まかせ)
大木(たいぼく)板|瓦(かはら)等を刎除侍女(はねのけこしもと)九人を赦(すくひ)出し猶又|散乱(さんらん)の中より女十二人を出しけるが老女が云やう速(はやく)
妙月院殿(めうぐはついんどの)《割書:城主の|御母公也》を赦(たすけ)くれよといふに善五郎心得て急(きう)に潰家(つぶれや)の中へ潜入漸尼公(くゞりいりやう〳〵にかう)を尋索赦(たづねもとめたすけ)
出し侍女(こしもと)に傅(かしづか)せ玄関に安座(あんざ)し進(まいら)せ夫より茶間(ちやのま)其外三ヶ所の火を消(けし)又十一人を赦(たすけ)出す
但し此中五人|即死(そくし)也此時御|上邸(かみやしき)より速馬到来(はやうまとうらい)し御|恙(つゝが)なきを賀(が)し奉るに右善五郎に
赦(すくは)れたる由御|談(ものがたり)有しかば同五日御|上邸(かみやしき)より善五郎御|召(めし)出し在て当座の御|褒(ほうび)金百両猶又永代
十五人|扶(ふち)持にて作事方頭取役仰付られけり夫(それ)此度の異変(いへん)は一統(いつとう)の難渋(なんじう)にして誰(たれ)か
利益(りえき)の者あらん尓(しかる)に此善五郎等は此|志(こゝろざ)す所|至直(しちよく)にして俗(ぞく)に云|気(き)の利(きゝ)たるにて此善五郎
参らざれば三ヶ所より火起(ひおこり)ていかなる災害(さいがい)あらんも量(はかり)がたし善事に善|報(ぼう)あり悪事(あくし)に
凶報(あくほう)あり天地の照覧明(せうらんあきら)かなるかな|人間(にんげん)の浮沈(うきしづみ)は皆(みな)其人の心中に有といふべし
△扇(あふぎ)橋近所にて伊賀様下やしき秋元様中やしき隠岐様下やしき永井様中やしき
越後様下屋敷大黒田様下やしき此辺武家町家崩れ多く悉く記がたし
△上橋辺にて仙臺(せんだい)様蔵やしき久世様中屋敷等又町家大破損河岸の石垣(いしがき)等
落ざる所少し同所牧野備前様中やしき秋田様朽木様本多日向様等大破損
△同北方万年橋近辺大破損にて崩れ多し同本所一ツ目橋石垣崩れ暫(しはらく)のうち
舟渡しと成△同所弁天社大破其外|諸(しよ)碑等悉崩る
【○に六】新(しん)大橋東方御舟蔵無異同前町ゟ出火同所舟役やしき八幡旅所同御旅
丁|再幸(さいかう)寺やける同所南方|要津(ようしん)寺小屋敷|数軒(すけん)やける六軒堀丁三丁八名川丁二丁
同所御|籾蔵(もみぐら)は半焼一ヶ所潰|歯神(はがみ)社火の中にて残る小屋敷数軒やける此辺悉崩る
【○に七】同所川向東方北森下丁三丁焼同所長慶寺にて止る南方北六間堀丁南
六軒堀丁四丁南森下丁神明宮火の中にて残る同所小笠原佐渡様下やしき
井上河内様下やしきやける深川元丁常盤丁三丁同所太田|摂津(せつつ)様やける東方