翻刻
抽て鎌倉以来之旧弊を掃除し
朝廷ヲ輔佐して古昔ニ復し積罪を贖ふの処置なくんハ天下の
有志追々大挙して可糺其罪科者也
一右一件取計候者共及露顕二月廿六日夜於京都召捕ニ相成候者共左之通
建部建次郎 三輪田綱一郎 宮和田雄一郎 総岡節斎
青柳■丸 長沢言事 高松十輔 仙石左右雄
長尾郁三郎 大場恭平
松平肥後守内
小森久太郎 野村左兵衛
〆十二人
【絵あり】 三条大橋ゟ四条大橋迄之間河原の
真中ニ右之通建有之
尤古キ木像の首也
下ニ下ケ有之ハ位はいと
相見得申候皆古キ者なり
目抜有之
三条大橋詰ニ罪之次第を
書記候札有之候へ共余り
人群集ニ而不得写候併
罪の次第ハ皇国徳風忠義
之二字を忘れ叡慮を奉
悩候抔当時も如此人三人御座候旨
ニ付追々如此行ひ候抔の訳合
書記有之候へ共細字
遠見ニ而委読写ニ不能候
此木像ハ等持院ニ有之候
木像の由也
等持院ハ鎌倉御坊ぼだい所の由也
逆賊 足利尊氏
同 義詮
同 義満
正名分之今日ニ当り鎌倉以来之逆臣一々遂吟味可処
誅戮之処此三賊巨魁たるニ依而先其醜像江加
天誅者也 文久三年 癸亥二月廿三日