琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: 琉球大学所蔵 琉球・沖縄関係資料 vol. 1

琉球入貢紀略 - 翻刻

琉球入貢紀略 - ページ 15

ページ: 15

翻刻

 云(いは)く、この国(くに)人(ひと)を食(くら)ふところなり悲(かなしい)かな此(こゝ)にして  命(いのち)を失(うしなひ)てんとすと、和尚(をしやう)これを聞(き)【ママ】て忽(たちまち)に心(こころ)至(いた)し  て不動尊(ふどうそん)を念(ねん)じ給ふ、《割書:三善清行(みよしのきよつら)が撰(えら)みし|伝(でん)にもおなじ趣なり》といへり、  これや琉球国(りうきうこく)の名(な)、吾邦(わがくに)の書籍(しよじやく)に見えたる始(はじ)  めならん、さてこゝに琉球(りうきう)は人(ひと)を食(くら)ふの国(くに)といへ  るも、もとより伝説(でんせつ)の訛(あやま)りながら、またその拠(よる)と  ころなきにあらず、隋書(ずゐしよ)に国人(コクジン)好相( アヒコノンデ )攻撃(コウゲキス)【左注「タヽカフ」】云々、取(トリテ)_二  闘死者(タヽカヒシスルモノヲ)_一共(トモニ)聚而( アツマリテ )食(クラフ)_レ之(コレヲ)とあるをおもへば、唐土(たうど)にて  ふるくより、琉球(りうきう)は人(ひと)を食(くら)ふよしいひ伝(つた)へしを、吾邦(わがくに)  にもかたり伝(つた)へしなるべし、これによりてもその  国(くに)吾邦(わがくに)には近(ちか)けれども、絶(たえ)て往来(わうらい)せざることを  知(し)るべし、   琉球国(りうきうこく)薩摩(さつま)の附庸(ふよう)となる 足利義満(あしかゞよしみつ)の男(なん)、大覚寺(だいかくじ)門跡(もんぜき)義昭(きせう)大僧正(だいそうじやう)、逆意(ぎやくい)の企(くわだ) てありて九州(きうしう)へ下(くだ)りたまふが、その事(こと)露顕(ろけん)し ければ、日向国(ひうがのくに)福島(ふくしま)の永徳寺(えいとくじ)に落下(をちくだ)り、野武士(のぶし)の者(もの) ども御頼(おんたの)み隠(かく)れ住(す)み給ひけるに、足利義教(あしかゞよしのり)これを 聞(きこ)し召(め)しつけられ、薩州(さつしう)の大守(たいしゆ)島津陸奥守(しまづむつのかみ)忠国(たゞくに)へ