翻刻
直に長崎え当七月十六日着船同日御役所え被
召出せいして踏絵(ふみゑ)被 仰付 漂流(ひやうりう)之次第一通り御 穿(せん)
鑿(さく)之上(之上)揚(あがり)屋へ被遣猶亦段々御吟味に付委細申
上候趣左之通り
一水戸様御領磯原村弥八郎舟姫色九十三反帆
乗組六人にて明和二酉年十月十五日奥州小名浜江
罷越牧野越中守様御米六百弐拾俵請取廿五日程立
之夕方 出帆(しゆつはん)仕同廿八日下総国 銚子(てうし)の浦へ着船仕候
十一月十五日辰国順風に御座候間帰帆に趣然るに
如何様六七里も北之方え参候頃西南より難風 俄(にわか)
起り沖え吹飛され候故帆を下け碇(いかり)を弐ツ迄行き候
得共風次第にはけしく舟止り兼申仕 帆柱(ほばしら)を伐り
倒(たをし)候しかれ共船中へ掛波高く打込 垢(あか)水を波出し〳〵
強く働(はたらき)候へ共 防(ふせぎ)はたらく候内へ乗組之者共 覚悟(かくご)極め各
髪(かみ)を切りて仏神を祈誓(きせい)し大綱をたらし■ふ引せ
六日之晩方迄東北之方え流れ何れとも方角をし
らず候へども奥州相馬 沖抔(おきなど)にあらんと存おり候然る処
六日之晩方ゟ風しずかに成戌亥の風に変(かわり)往古より難