翻刻
【右丁】
よするにおうかとてふちをうつをいふ也
一むなはせといふは《割書:す(本ノマヽ[朱])ゑまてはせぬてなり|をくの馬ちかくなりて》
まへの馬をはせてすゑまていくをむなは
せといふなり
一こまはせといふせつは馬のおもふやう
くてすちかふてあるをはせなをすてな
りをくの馬のかみへむきたらんときら
ちにつけてはすへしこれをこまは
せとはいふなり
【左丁】
一あはゐひろのそうふにていかんとうろに はふ(この分むし[朱])
く◦(ひくイ[朱])にさすへし又すこしかたきを か(イ無[朱])み❘(虫❘)
イ本云此一ヶ条ハ仲国カ自筆ニアラス後人ノ書添ト見ヘタリ
一かものめし合けいはのりて
つね久すいしん「 たかふた(かふにし[朱])」【「」内左に朱点、「た」の右二行目「つ歟[朱]】し(イニ西[朱])のせんその
【朱追記】清茂按系図教久❘国久❘《割書:号西ノ入道又イニたかふ にしのかイ|神主》
り久くに久この御代いめ山の けう(御宇時[朱])時
於競馬間秘事者雖一事不残之
散位賀茂朝臣久朝伝之訖
嘉禄二年二月廿五日前筑後守高階朝臣仲国判