翻刻
右大将様御機嫌為御伺御老中松平能登守 殿江御使者御留
守居荒川十右衛門《割書:直|朗》被指出之
一 正月廿五日長崎村庄屋辻兵衛与申者七年以前辰年迄五十年
来収納年内切替済致其上於称念寺新田義貞朝臣年回従
公儀御法事之節人足等失却も有之候ニ付俵数被下候処右俵
数村中江致配当且又辰年以後も霜月切ニ村中収納遂皆済
候段金津奉行江相達候ニ付為御褒美米御俵被下之
一 二月十三日御家老本多縫殿《割書:成|広》病気ニ付御使御膳番笹川
藤内《割書:正|朝》を以 御尋有之御肴被下之
一 同月廿一日歳暮御祝儀御献上ニ付而之 御内書并御奉書
於 御城御渡有之御家来拝領物等如例
一 同日御使者を以例之通御国産干鯛被献之
一 三月廿六日札銀両替之儀ニ付左之通書付を以金津奉行町奉
行
郡奉行江御家老申渡之
札銀両替之内指留候ニ付下ニ而手支之儀も可
有之間金子少々相受遣イ候儀者不苦旨相触
候処下ニ而不了簡之趣ニ而諸■直段等両断取扱
仕段相聞不届之至候今日本〆共其外被仰付品も
現代語訳
(前頁より続き)右大将様の御機嫌を伺うため、御老中・松平能登守殿へ御使者として御留守居の荒川十右衛門(直朗)を差し出された。
一、正月二十五日、長崎村の庄屋・辻兵衛と申す者が、七年以前の辰年まで五十年来の収納を年内に切替・完済し、その上、称念寺において新田義貞朝臣の年回忌につき、公儀より御法事の節に人足等が失却したこともあったため、俵数を下されたところ、右の俵数を村中へ配当し、かつ辰年以後も霜月切りにて村中の収納を皆済した段を金津奉行へ申し達したにつき、御褒美として米俵を下された。
一、二月十三日、御家老・本多縫殿(成広)が病気につき、御使として御膳番・笹川藤内(正朝)をもって御尋ねがあり、御肴を下された。
一、同月二十一日、歳暮の御祝儀献上につきての御内書ならびに御奉書が、御城において御渡しがあり、御家来の拝領物等は例の通り。
一、同日、御使者をもって例の通り、御国産の干鯛を献上された。
一、三月二十六日、札銀両替の儀につき、左の通り書付をもって金津奉行・町奉行・郡奉行へ御家老より申し渡された。
札銀両替のうち指し留め候につき、下において手支えの儀もあるべき間、金子少々相受け遣わし候儀は不苦き旨相触れ候ところ、下において了簡せざる趣にて、諸■の直段等を両断に取り扱い仕る段相聞こえ、不届きの至りに候。今日本〆ともその外仰せ付けられ品も(以下次頁へ続く)