翻刻
《割書:江戸|地震》末代噺種
【上段】
嘉永七寅十一月四日五ツ半時
大地震(おほぢしん)諸家(しよけ)様方(さまがた)御屋敷
所(しよ)々そんじ又|御(ご)家(か)中(ちう)長屋(なかや)
くづれいたみあれども格別(かくべつ)
の事なし町家(まちや)家根(やね)の瓦(かはら)震(ゆり)
落(をと)し候處多分有之尤大阪
とは建方(たてかた)ちがひ置瓦(おきがはら)の事
ゆへさもあるべし地震は大坂
同様の事なるべし五日酉ノ刻
地しん是又大坂同様夜に入
芝(しば)の浜手(はまて)より高輪(たかなは)品川迄
高汐(つなみ)ありといへども大坂とは
余程(よほと)ゆるやかにして大舩(おほふね)小(こ)舩
とも格別(かくべつ)の損(そん)じなし同五日
夜亥の刻より出火(しゆつくは)あり
【下段】
浅草猿若(あさくささるわか)町壱丁目二丁目
三丁目芝居のこらず花川戸
一丁半西まで小天道迄|焼(やけ)
ぬけ東は大川 端(ばた)それより
向島(むかふじま)小梅村水戸様御下
屋敷へ飛火(とびひ)いたし残らず
焼失(せうしつ)同所町家少々焼失し
凡丁数十丁ばかり漸〻(やう〳〵)
寅の刻に火しづまる然(しか)るに
右於火中地しん少〳〵づゝ
たび〳〵ふるひ候ゆへ大(おほひ)に
騒動(さうどう)混雑(こんざつ)あり其(その)趣(おもむ)き
あらましなれどもみな
たしかなる実説(じつせつ)のみを
爰(こゝ)に記(しる)す