翻刻
大地震末代噺種
【上段】
宝永(ほうえい)四年
《割書:嘉永七年寅年迄|百四十八年に成》十月
四日 大地(おほぢ)しんの節(せつ)長堀(ながほり)なる
寺子屋(てらこや)の師匠(ししやう)山口源兵衛と
いふ人 先(ま)づ二階(にかい)の弟子(でし)を呼(よび)
下(おろ)さんとする所に棟木(むなぎ)忽(たちま)ち
崩(くだ)け落(をち)弟子(でし)等(ら)争(いかで)か溜(たま)るへき
四十四人の童子(こども)同じ枕(まくら)に死(し)たり
師匠(ししやう)は漸(やうや)く戸口(とぐち)に出(いで)て助(たすか)り
しが熟(つくづ)くおもひ廻(めぐ)らせば童(こ)
子(ども)は我(われ)に懐(なつき)て通(かよ)ひ来(きた)りその
親〻(おや〳〵)は我(われ)に委(ゆだ)ねしものを救(すく)ひ
助(たす)くる事を得(え)ず我(われ)壱人 助(たすか)りて
何(なに)面目(めんぼく)に人々に貌(かほ)を合(あわ)さん
とて書置(かきをき)し腹(はら)十文字(しうもんじ)に搔切(かきゝつ)て
自滅(じめつ)す遉(さすが)武士(ものゝふ)の流(ながれ)れ成(なり)と
【下段】
褒(ほめ)ぬ者(もの)こそ
なかりけり
○同 大地(おほぢ)しんに
堂嶋(どうじま)裏(うら)町の
風呂屋(ふろや)へ来(き)
合(あは)せし者(もの)
四人一 所(しよ)に湯(ゆ)に入しが地しん
起(をこ)れとも風呂(ふろ)の中(なか)故(ゆへ)暫(しば)しは
知(し)らざりしに追(おひ)〱激(はげ)しく
なりし故(ゆへ)四人 急(きう)に戸(と)を明(あけ)ん
とする所(ところ)に風呂(ふろ)の上(うへ)へ家(いへ)倒(たふ)れ
かゝりしかば戸(と)を明(あけ)ること叶(かな)はず途(と)
方(はう)にくれしが此(この)風呂(ふろ)炭火(すみび)にて沸(わか)
せし故(ゆへ)追〱(をい〳〵)火(ひ)煽(をこ)り湯玉(ゆだま)飛(とん)で
沸(にへ)かへり四人は空(むなし)く相(あい)果(はて)たり