翻刻
子三
諸国《割書:地震|年代記》未代囃種
大隅(おほすみ)の
海(うみ)陸(りく)
と成(なり)
たる
図(づ)
○百四代 後土御門(ごつちみかと)帝 文正(ぶんしやう)
元年丙戌十二月廿九日
明応(めいやう)三甲寅五月七日
同四年乙卯八月十一日
○百五代 後柏原(ごかしはヽら)帝 永正(えいしやう)七年
庚午八月七日 其後(そのご)七十五日
が間 止(やま)す摂州(せつしう)天王寺 石鳥居(いしのとりい)
崩(くづ)る廿七日 遠州(えんしう)津波(つなみ)今切(いまぎれ)と成
○百六代 後奈良(ごなら)帝 天文(てんふん)二丙辰二月十三日 星(ほし)おちて海(うみ)
に入同十三年大ぢしん
○百七代 正親町(おおきまち)帝 天正(てんしやう)十三年乙酉十一月廿九日
○百八代 後陽成(ごやうせい)帝 文禄(ぶんろく)四年乙未七月三日 毛(け)の雨(あめ)を
ふらす同月十三日 夜(よ)五畿内(ごきない)近江(あふみ)丹後(たんご)とも大地(おほぢ)しん
此時(このとき)京都(きやうと)大仏殿(たいぶつでん)崩(くづ)る
○百十代 後水尾(ごみづのを)帝 明正(めいしやう)七午年正月七日 相州(さうしう)小田原(をだはら)地ん【しナシ】
○百十一代 後光明(ごくはうみやう)帝 慶安(けいあん)元戌子四月廿二日
○百十二代 後(ご)西帝 寛文(くはんぶん)二年壬寅五月朔日
○百十三代 霊元(れいげん)帝 天和(てんわ)三癸亥四月五日日光江戸
とも大地(ぢ)しん同十月 大隅国(おほすみのくに)の海(うみ)陸(りく)と成
○百十四代 東山(ひがしやま)帝 元禄(げんろく)十六年癸未十一月廿三日 関東(くはんとう)