翻刻
嘉永五年子六月廿五日江戸表高木五郎
兵衛ゟ外夷姦謀の次第申來候書面の寫
蘭人持渡の品にて名ハ何と唱候哉不承候へ
共細末の品にて米搗の節籾三斗位へ右粉薬
を茶碗にて半分程も入候て搗候へハ杵數至
て少々にして忽糖眞白ニ相成譬ハ一臼三千
杵も搗不申候へハ上白ニ不相成候処右の粉
薬を入搗候へハ凡杵數七八十も當候へハ白
米を得候其神速ハ述るに遑あらす偖て壹人
にて一日米四石餘も搗喉由甲州邊にてハ專
是を用利を得今ハ當地四ツ谷邊にても其白
米を商候哉風聞仕候然ル所其糠を牛馬ハ飼
候へハ即死す不思義ニ存屢試るに忽斃る依
之其米の由來を掠察仕喉処蘭人の姦謀にて
彼の英夷が阿片煙草を漢土へ弘メ土人の壽
を縮んとたくむ姦謀に異ならす右の薬を渡
し置土人慾に迷わせ粉薬にして白米を得る
事を税しめて日本國中へ押弘めるを祈るも
のなり其姦なる處を申さは右米を食する時
ハ三年にして死すに至全此土の人をして死