翻刻
なり然(さ)れば此|温泉(いでゆ)の霊(れい)ある事|言(い)でも自(おの)づから知(しら)
ぬべし近(ちか)き世界(せかい)に湯井(ゆゐ)多(おほ)しと雖(いへど)も此(この)所(ところ)始(はじ)め遠(とほ)く
久(ひさ)しきによりて此里(このさと)を湯本(ゆもと)といひ山を湯坂(ゆさか)と云(いふ)
彼(かの)津(つ)の國(くに)の有馬(ありま)の温泉(おんせん)は三輪(みわ)の神垣(かみがき)神(かみ)さびて医(い)
王(わう)善逝(ぜんせい)の勝地(しようち)なり此國(このくに)の湯本(ゆもと)の湯(ゆ)は白山権現(はくさんごんげん)の
垂跡(すゐせき)観音(くわんのん)応験(おうけん)の霊区(れいく)共によく青人草(あほひとくさ)の枯葉(かれは)を蘇(よみ)
生(かへ)らしめて豊葦原(とよあしはら)の水穂(みづほ)の國(くに)に其|験(しる)しを照(てら)し月(つき)
日(ひ)の光(ひか)りの空(そら)に通(かよ)ひたる様(ゆう)に等(ひと)しく称(しょう)する所(ところ)な
り彼|驪山(りさん)の温泉(おんせん)は秦皇(しんわう)の瘡(かさ)を洗(あらは)しめんとて神女(しんじょ)
の出(いで)けるよし言伝(いひつた)ふ例(ため)しは彼國(かのくに)のみにあらざり
き且(かつ)又いざなぎの尊(みこと)は日々ちにうへあまりいを
産(うみ)給ひて生育(せいいく)を業(わざ)とし給ふ陽徳(やうとく)の神(かみ)にて座(いま)せり
観音(くわんおん)は慈眼(じがん)をもて衆生(しゅじゅう)を見給ひて幸(さいは)ひ寿(ことぶ)きの海(うみ)
浅(あさ)からず量(はか)りなし神徳(しんとく)は温泉(いでゆ)の流(なが)れの澄(すま)ん限(かぎ)り
千々(ちゝ)萬々歳(ばん〳〵ざい)|尽(つき)ずまじとあれば誰(たれ)が仰(あほ)ぎ尊(たつと)ませざ
らん永録(えいろく)二とせ霜月(しもつき)後(のち)の三日|洛陽(らくゆう)の隠何某(ゐんなにかし)の望(のぞ)
みに応(おう)じて新玉津嶋(しんたまつしま)の七|松子(しゆうし)筆(ふで)を取て記(しる)す
○湯本(ゆもと)より各地(かくち)への里程(りてい)
小田原へ 一里廿丁 畑 宿へ 一里十二丁
箱 根 へ 三里 三 島へ 六里三十丁
東 京 へ 二十二里 塔の澤へ 四丁三十間
宮の下へ 一里八丁 底 倉 へ 一リ 十丁