翻刻
残(のこ)らずと対(とた)へて立別(たちわか)れ給ひしとぞ。公卿(くぎやう)は常(つね)に歌道(かだう)を学(まな)び常(じやう)
住坐臥(ぢうぐわざ)に忘(わす)れ給はず。胸臆(きやうおく)にあるをもて。かゝる騒擾(さうぜう)の時(とき)たにも。容(たやす)
易詠(くえい)じ給ふなり。常(つね)に心(こゝろ)にかけずして争(いかで)この期(ご)に詠得(よみう)べき。されば
万事常々(ばんじつね〴〵)の心得(こゝろへ)にあるべきことなり
◯流言(りうげん)を信(しん)ずれば禍(わざはひ)を招(まね)く條(くだり)
余(よ)が知己(ちき)なる人聖天町(ひとしやうてんちやう)《割書:浅|草》に下駄傘(げたからかさ)など商(あきな)ひて。夫婦(ふうふ)と下男一個(げなんひとり)を
召仕(めしつか)ふ。然(しか)るにこの夜地震(よぢしん)にあひ。且(かつ)その近辺猿若町(きんへんさるわかまち)より出火(しゆつくわ)して
焼広(やけひろ)ごり。既(すで)にかの芝居町(しばゐまち)。残(のこ)るは僅(わづか)五六軒(けん)。森田勘弥(もりたかんや)は僥倖(さいはい)に。火(ひ)
を遁(のが)れたりとなん。其餘焼亡(そのよせうぼう)に及(およ)びしかば。焔八方(ほのほはつはう)に飛散(とびち)りて聖天町(しやうてんちやう)
辺(へん)は小鬢(こびん)のさきへ火(ひ)の付(つけ)る心地(こゝち)なれば。彼下駄(かのげた)など商(あきな)ふ雄士(おのこ)も。其(その)
宅(たく)を走(はし)り出(いで)。夫婦手(ふうふて)を携(たづさ)えて。川(かは)の辺(ほとり)りへたち出(いで)けるが。その近辺(きんへん)の人々(ひと〴〵)
はみな船(ふね)にうち乗(の)りてく向嶋(むかうしま)へ火(ひ)を避(さく)る。夫婦(ふうふ)も諸共(もろとも)に。船を雇(やと)
ひて彼処(かしこ)へわたり。知者(しるべ)の方(かた)にたずねゆきて。其夜(そのよ)を明(あか)したりけるが。火(ひ)
は大に鎮(しづ)まりけり。はやわが家(いへ)も焼(やけ)つらんに。往(ゆく)とも詮(せん)なきことながら。
若鉄物(もしかなもの)など遺(のこ)りあらば拾(ひろ)ひとらんと思ひつゝ。また船(ふね)にうち乗(のり)て此(こ)
方(なた)の岸(きし)に揚(あが)り見るに芝居町裏手(しばゐまちうらて)のかた聖天町(しやうてんちやう)の西側(にしがは)へ燃(も)え出(いで)
たれど彼雄士(かのをのこ)は東側(はがしがは)なるによりて。煙(けむり)もかゝず無事(ぶじ)にてあり。夫(それ)を見
るよりまた更(さら)に家(いへ)を拾(ひろ)ひし心地(こゝち)して。わが家(わが)の門(かど)にいたりつゝ。箇計(かばか)
り猶予(ゆうよ)のあらんと知(し)らば。銭箱(ぜにはこ)なりとも持出(もちいで)なんを。餘(あま)りに縡(こと)
の急(きふ)なれば。周章(あはて)て身一(みひと)ッ逃出(にげいで)しはわれ。ながら鈍(おぞ)かりき。今(いま)は大
かた残(のこ)りなく。賊(ぞく)の為(ため)に奪(うば)はれぬらん。と後悔(こうくわい)して戸(と)を引(ひき)あけ。
裡(うち)に入(い)りて右見左見(うとこかうみ)るに。宵(よひ)に出(いで)たる時(とき)のまゝにて。塵(ちり)ばかりの