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コレクション: STAGE5

安政見聞録 中 - 翻刻

安政見聞録 中 - ページ 12

ページ: 12

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ものも失(うせ)ず。這(こ)は誠(まこと)に不測(ふしぎ)なり。凡(およ)そ間近(まちか)く火災(くわさい)あり。狼狽(うろたえ)て 逃(にぐ)るときは。僥倖(さいはひ)にして焼残(やけのこ)るとも。家財(かざい)は大半賊(たいはんぞく)のために。偸(ぬす) まるゝものと聞(き)く。然(しか)るに亥刻(よつ)の地震(ぢしん)より。今巳(いまみ)の刻(こく)に及(およ)べるまで。 締(しま)りもあらず。人(ひと)も居(ゐ)ぬ。家(いへ)に在(あ)る物(もの)の失(うせ)ぬは。実(げ)に有(あり)がたき 君(きみ)が代(よ)の。御|恵(めぐみ)こそ尊(たふ)とけれ。然(しか)はあれどもそのむかし。聖代(せいたい)也と 称(たゝ)へたる。延喜天暦(えんきてんりやく)の御世(みよ)にだに。悪人(あくにん)は絶(た)えずとなん。されば今(いま)の 御世(みよ)とても。盗心(ぬすみこゝろ)のなきものあらず。然(しか)るに竊盗無頼(せつたうぶらい)の族(やから)も。命惜?(いのちをしま)ぬ 者(もの)のなければ。この大震(たいしん)に恐怖(きようふ)して。盗(ぬす)み心(こゝろ)も失(うせ)にしならん。とかの雄士(おのこ) は語(かた)りにき。それより後(のち)も猶揺返(なほゆりかへ)しの。来(きた)らんことを懼(おそ)れツヽ。己(おの)が家(いへ)に 臥(ふ)すものなく。日中(ひる)こそあれ薄暮(くれがた)より広(ひろ)き所(ところ)に仮屋(かりや)を補理(しつらひ)。みな 残(のこ)りなくこゝに出(いで)て。夜(よ)も明(あか)さぬ者(もの)もなければ。市中表裏明家(しちうおもてうらあきや)と成(なり) て。これを護(まも)れる人さへあらねど。盗人徘徊(ぬすびとはいくわい)せざると見えて。何方(いづく)に ても物一箇(ものひとつ)。竊(ぬす)まれたりといふを聞(きか)ず。場所(ばしよ)によりてその仮(かり)屋も。一二 町|隔(へだ)ちしあり。また夫(それ)よりも程近(ほどちか)なる。方(かた)はあれども。銘〻(めい〳〵)に其門(そのかど) 辺(べ)に在(ある)にあらねば。夜(よ)の間(ま)に来り恣(ほしいまゝ)に。家財雑具(かざいざふぐ)を奪(うば)ふとも。誰(たれ) 咎(とが)むるものもなきを。斯家毎(かくいへごと)に無事(ぶじ)なるは。実(じつ)にかの雄士(おのこ)がいへるごとく。 賊等(ぞくら)も恐怖(きようふ)せしなるべし。偖(さて)それより四五日を経(へ)て。六日七日の頃(ころ)なりけん。 今夜(こんや)かならず津浪(つなみ)ありて。芝高輪(しばたかなは)はいふにおよばず。大川にも迸(さかのぼ)り。神(かん) 田明神(だみやうじん)の坂下(さかした)まで。潮大(うしほおほい)に来るべし。と誰(たれ)いふとなく流言(りうげん)す。此|頃恐懼(ころきようく) に魂(たましひ)も。身に副(そは)ざる人〻|等(ら)。是(これ)を聞(きく)より前後(ぜんご)をも。思ひ漂(たど)【𣿖さんずいに剽:漂の異体字】らず駭(おどろ)き て。虚(きよ)を以(もつ)て虚を告(つぐ)る。こゝに於(おい)て無智(むち)の小人(せうじん)。婦女小児(ふぢよせうに)の輩(ともがら)は。恐(おそ)れ惑(まど)ひて 力(ちから)に協(かな)ふ。資財(しざい)を負(お)ひ或(ある)は荷(にな)ひて。高(たか)き方(かた)へと立(たち)さること。幾千万(いくせんまん)といふ