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を知(し)らず。適(たま〳〵)智量(ちりやう)ある人(ひと)の。決(けつ)してさることあるべからず。心を安(やす)んじ止(とゞ)まれ。と理(り)
を説諭(ときさと)せど噪(さわ)ぎ立(たつ)。時(とき)の勢(いきほ)ひ制(せい)しがたし。因(よつ)て家内(かない)悉(こと〴〵)く。立避(たちさ)るものも
鮮(すく)なからず。然(しか)れども敢(あへ)て事なし。当下肇(そのときはじめ)て験(しるし)なき。流言(りうげん)ならんと
半覚(なかばさと)り。悔(く)やみながらたち帰(かへ)り。見ればその間(ひま)に資財(しざい)雑具(ざふぐ)。奪(うは)は
れし方(かた)も多(おほ)くありとぞ。思ふに賊等(ぞくら)その始(はじ)め。人〻(ひと〳〵)仮屋(かりや)に在(あり)し頃(ころ)。空(むな)しく
過(すぎ)しを遺憾(ゐかん)に思ひ。巧(たく)みて箇様(かやう)の流言(りうげん)なし。人の立避(たちさ)るを窺(うかゞ)ひて。恣(ほしいまゝ)
に竊(ぬす)みしなるべし。是等(これら)のことも豫(かね)てより。よく心に認(とめ)おきて。いかなる変異(へんゐ)
の風説(ふうぜつ)ありとも。その理(ことはり)を黙識(もくしき)なし。真偽(しんぎ)を篤(とく)と攷(かんが)へて。その言(こと)に惑(まど)は
ざるこそ。才知(さえち)ある人といはめ。凡(およ)そ津浪(つなみ)はこの本(ほん)の首巻(しゆくわん)にもいへるごとく。地(ぢ)
震(しん)によりて海汀(かいてい)の。淤泥湧(どろわ)き上(あが)り黒浪(くろなみ)たちて。暫時陸(ざんじをか)へうち揚(あぐ)ること。
喩(たと)へば盥(たらひ)に水(みづ)を湛(たゝ)へ。手(て)をもてこれを揺動(ゆりうご)かすに。緩(ゆる)ければその水の。揺(ゆる)
ることもまた緩(ゆる)し。至(いた)つて烈(はげ)しく動(うご)かす時(とき)は。揺(ゆる)ることもまた烈しく。その
水盥(みづたらひ)の外(そと)に溢(あふ)れ。泝(さかのぼ)る威勢(いきほひ)は。これ彼(かの)津|浪(なみ)と同理(どうり)なり。されば大
震(しん)ありし後(のち)。四五日を経(へ)て海水(かいすゐ)の泝(さかのぼ)るべき理(ことわり)なし。その理(り)なければそ
の事あらず。こゝをもて偽(いつはり)の。流言(りうげん)なるを察(さつ)すべし。さはれ是|程(ほど)のこと浅智(せんち)
愚蒙(ぐもう)の。者(もの)といへど知らざることなし。但(たゞ)当下(そのとき)懼(おそ)るゝことの甚(はなはだ)しければその
智昧(ちくら)みて。かく浅猿(あさまし)き事だにも。察知(さつち)せざるものならん。其頃(そのころ)誰(たれ)いふと
なく。今宵(こよひ)はかならず大震(たいしん)あり。翌(あす)は極(きは)めて最初(さいしよ)に勝(まさ)る。大|地震(ぢしん)
ありといひ詈(のゝし)る。余(よ)が知己(ちき)にて常にはよく。物を察知(さつち)する士人(しじん)ありしが。
このことをいひ出(いで)て天(てん)に口なし人をもて。いはしむるの常言(ことわざ)あり。この頃昼(ころちう)
夜(や)となく微動(びどう)あり。加旃(しかのみならず)四方(しはう)を瞻望(みる)に。朦朧(もうろう)として晴(はれ)やかならず。星(ほし)の
色(いろ)も晃(きら)めく也。いかにも地震(ぢしん)の兆(てう)を含(ふく)む。この風説(ふうぜつ)も根なきことには。あら