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コレクション: STAGE5

安政見聞録 中 - 翻刻

安政見聞録 中 - ページ 19

ページ: 19

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活(いき)たる心地(こゝち)なく。酔(ゑゝ)るが如(ごと)く痴(ち)なるがごとく。俯(うつぶし)て弥陀観音(みだくわんおん)の。名号(みやうがう) なんど称(とな)ふるものあり。程(ほど)なく海上穏(かいしやうおだやか)になり。船僥倖(ふねさいはい)に恙(つゝが)なく。向(むか)ひ の岸(きし)に著(つき)ければ。船中蘓生(せんちうよみがへり)たる思ひをなし。悦(よろこ)びあふこと限(かぎ)りなし。 かくて熱田(あつた)の駅(えき)に上(あが)り。見るにこゝなん大地震(おほぢしん)にて。家(いへ)はおしなべて 揺(ゆ)り崩(くづ)し。或(ある)ひは梁棟(はりむなぎ)に壓(おさ)れ。泣叫(なきさけ)ぶ男女(なんによ)の声耳(こゑみゝ)を貫(つら)ぬき 膽(きも)に応(こた)ふ。さてはこの地震(ぢしん)によりて。海上津浪(かいしやうつなみ)せしものならん。思へば 怖(おそ)ろしかりけるが。今(いま)この容(さま)を見るに及(およ)び。かゝる変異(へんい)に遭(あは)んより海(かい) 上(しやう)に在(あり)しかた。遥勝(はるかまさ)りし洪福(こうふく)なりき。と自(みづから)その身(み)を祝(しゆく)しッゝほど 近(ちか)ければ熱田(あつた)に詣(まう)で。猶往(なほゆく)さきを祈(いの)らん。と路(みち)を枉(まげ)てかの社(やしろ)へ詣(まう)で けるに不測(ふしぎ)なるは。この駅(えき)より道(みち)の程(ほど)。僅(わつか)八九町の傍(わき)にして。宮居少(みやいすこ) しも損(そん)ずることなく。舎壇(しやだん)に捧(さゝげ)し燈明(みあかし)の。火(ひ)さえ消(きゆ)ることなかりしかば。 実(じつ)に神国(しんこく)の貴(たふと)さを。心に銘(めい)じて感涙(かんるゐ)を流(なが)し。暫時祈念(ざんじきねん)してたち 去(さり)ッゝまた元の駅(えき)に出。それより次第(しだい)に下(くだ)りけるが。道筋(みちすぢ)すべて游(ど) 泥(ろ)を吹出(ふきだ)し泥(なづ)み辷(すべ)りて歩行(あゆみ)がたきに。人家(じんか)は一容(いちよう)に倒(たほ)れ損(そん)じて。 食(しよく)を索(もと)むる家(いへ)もなく。舎(やど)るべき方(かた)もなし。江都まではまだ遥(はる)け きに。いかにして漂(たど)り著(つか)ん。と思へばいよ〳〵心 細(ほそ)くて。身の力(ちから)だに抜けは てさり。右左(とかく)して漸々(やう〳〵)に飯(いひ)を索(もと)め夜(よ)にならば。崩(くづ)れ残(のこ)りし家(いへ)に 舎(やど)り。辛(から)うじて帰府(きふ)なしけりとぞ。其 道(みち)すがら難義(なんぎ)せし。物語(ものがたり)の 多けれど。繁(しげ)き故(ゆへ)にこゝには略(りやく)せり この地震のとき余(よ)が知己(ちき)なる。中(なか)山 某(なにがし)といへる人。遊歴(いうれき)して駿河(するが) に居(を)れり。この国(きに)は海道(かいどう)にても別(わき)て地震(なゐ)の厳(きび)しと聞(きけ)り。その日 已(よ) 刻(つ)ごろ中山氏。外(と)の方(かた)にたち出て。人と物語(ものがたり)なし居(ゐ)けるが破驚地(すはぢ)