翻刻
命(いのち)を喪(うしな)ひしは。はやく出たる過(あやまち)なり。僕(ぼく)はそれより猶(なほ)疾(はや)き故。いまだ土庫(ぬりごめ)
の落(おち)ぬ間(ま)に。通(とほ)りゑて恙(つゝが)なし。かゝる類(たぐ)ひも多くありて。各(おの〳〵)時(とき)の然(しか)らしむると。
一様(いちやう)にいひ倣(な)せど。按(あん)ずるに然(さ)にあらず。人の子として両親(ふたおや)の。惑(まど)ふを見捐(みすて)開(ひらき)
戸(ど)の。明(あき)たるを見て己(おのれ)のみ走(はし)りて難(なん)を避(さけ)んとせしは。第一(たいゝち)孝心(かうしん)の薄(うす)きなら
ずや。この巻首(くわんしゆ)に記(しる)したる。千住(せんぢゆ)の嫁(よめ)とは表裏(うらうへ)なり。この女子|両親(ふたおや)の傍(ほとり)にあ
らば。諸共(もろとも)に恙(つゝが)なきを。遁(のが)れんとして身を過(あやま)つ人の臣子(しんし)たる者(もの)は。よく是
を監(かんが)むべし
附ていふこゝに奇(く)しきことあり。江都(えど)の近郊(きんかう)上平井(かみひらゐ)は。聖天宮(しやうてんぐう)鎮坐(ちんざ)在(あり)
て。都下(とか)の老若(らうにやく)春秋(はるあき)は。こゝに歩行(あゆみ)をはこぶもの多く。人のよく知(し)る
所なり。この地震(ぢしん)にて裂(さく)ること二町余(にちやうよ)。幅(はゞ)凡そ二間(にけん)ばかり。深(ふか)さ幾丈(いくぢやう)と
いふを知(し)らす。適(たま〳〵)民屋(みんをく)この上に在(あ)るものは。半(なかば)こゝに埋(うづ)まれり。況(いは)んや
衣類(いるゐ)調度(てうど)の類(たぐ)ひ陥(おちい)るものは出(いづ)る期(ご)なし。また新吉原(しんよしはら)の日本|堤(つゞみ)
隅田(すみだ)川の堤(つゝみ)も裂(さけ)たり。しかれども広大(くわうだい)ならず。その餘(よ)人力(じんりよく)をもて埋(うめ)
立(たて)たる地(ち)或(ある)ひは築出(つきいだ)せし封彊(どて)など。年|舊(ふ)りその地(ち)固(かた)まるといへど
も。多(おほ)く損(そん)ぜざるものなし。この上平井(かみひらゐ)もそのむかし。川などを埋(うづ)みし
にや。但(たゞ)しこのこと後(のち)に聞くに。知(し)らざる人も多ければ。かく広大(くわうだい)にはあ
らざりしか。行程(みちのり)さのみ遠(とほ)きにあらねど。行(ゆき)て看(み)ざれば。信偽(しんぎ)はしら
ず。但(たゞし)是(これ)をもて上古(いにしへ)を攷(かんが)ふるに。日本|紀(ぎ)天武(てんむ)天皇(てんわう)七年。筑紫(つくし)の国(くに)地(ち)
裂(さく)ること。広(ひろ)さ二|丈(ぢやう)長(なが)さ三千丈。民屋(みんをく)多(おほ)く仆壊(たほれ)たり。この時ある百姓
家(や)。岡(をか)の上に在けるがその岡(をか)崩(くづ)れて処遷(ところうつ)る。然(しか)れども家は全(まつた)し。
家に在しものこれをしらず。夜明てこれを視(み)て大に駭(おどろ)くとなん。又
同?十三年の冬(ふゆ)。地震(ぢしん)して山崩(やまくづ)れ。諸国(しよこく)寺塔(じたふ)舎屋(しやをく)破壊(はゑ)して。人民