翻刻
六畜(ろくちく)多(おほ)く死(し)す。伊予(いよ)の温泉(おんせん)没(うも)れて出す。土佐(とさ)の田苑(でんえん)五十|餘(よ)万頃(まんきやう)
みな没(ぼつ)して海となる。この夕(ゆうべ)鳴声(なるこゑ)あり。皷(つゞみ)のごとく東(ひがし)に聞(きゆ)ゆ。伊豆の
嶋(しま)の西北(にしきた)二面(にめん)。自然(しぜん)に増益(ぞうゑき)すること三百|餘丈(よぢやう)。さらに一ッの嶋となる。
皷(つゞみ)の如(ごと)くなるは。神(しん)この島を造(つく)る響(ひゞき)なりと云云。これ至つて古代なれば。
たゞその書(ふみ)を観(み)て識(し)るのみ。寛政(かんせい)年中(ねんぢう)吉岡(よしをか)元稠(げんしう)と。いへる人の著(あらは)し
たる。国の栞(しをり)といふ書(ふみ)に載(の)る。薩摩国(さつまのくに)出来島(できしま)の条(でう)に。過(すぎ)し年《割書:按るに安|永年間なり》
当国(たうごく)の桜島(さくらしま)。大焼(おほやけ)の後(のち)その海中(かいちう)。時〻(じゝ)沸騰(ふつとう)して海水|煮上(にえあが)り。海面
に火|燃出(もえいで)で。大海(たいかい)の水みな熱湯(ねつたう)となり。海中の魚類(うをるゐ)大小
の。差別(けじめ)なくみな死す。その海の沸騰(ふつとう)する。勢(いきほ)ひに乗(じょう)じて百尋(ひやくひろ)に
餘(あま)れる。海底(かいてい)より土砂(どしや)沸上(にえあが)り。新(あらた)に七ッの島(しま)を生(しやう)ぜり。其(その)第一(だいゝち)に
大なすは一里(いちり)七合(しちがふ)迴(めぐ)り。其外は一里半。或(ある)ひは一里を小(せう)とす。其後(そのゝち)海(かい)
中(ちう)の煮(にえ)鎮(しづま)りて。彼島(かのしま)かたまりて国土(ごくど)となる。始(はじ)めは島に草木も
なく。満面(まんめん)白砂(しろすな)のみなりしが。何方ともなく鳥(とり)来(きた)り栖(す)む。斯(かく)て
草木(さうもく)次第(しだい)に繁茂(はんも)し。清水(せいすゐ)を湧出(わきいだ)す。これに因(よつ)て隅州(ぐうしう)より。
新嶋(にひじま)に宮居(みやゐ)を建(たて)。宮守(みやもり)を置(おき)ぬれば。参詣(さんけい)の人もあり。頓(やが)てぞ
人は住居(すまい)ならん。この桜嶋(さくらじま)も養老(やうらう)二年。この海(うみ)燃(もえ)て天地(てんち)晦冥(くわいめい)
し。一夜の間(うち)に周囲(めぐり)七里の。髙山(かうざん)涌出(わきいで)て桜嶋(さくらしま)と号(なづ)く。此嶋今
は人民(にんみん)多(おほ)く。田畠(でんばた)も豊饒(ぶねう)なり。この嶋(しま)の外二ッの小嶋あり。これは文
治(ぢ)年中の頃(ころ)。出来(でき)たりといひ伝(つた)ふ。是等(これら)のこと人に語(かた)るに信(しん)ぜざ
るもの半(なかば)あり。されども広(ひろ)き世界(せかい)のこと。なしとのみは強(しひ)がたし。阿(お)
蘭陀(らんだ)より日本へ来る海中(かいちう)一大国(いちだいこく)ありけるが。先年(ぜんねん)海中に沈入(しづみい)り。
今はたゞその国にありし。髙山(かうざん)の巓(いたゞき)二ッ三ッ。所〻(しよ〳〵)海面(かいめん)に出没(しゆつぼつ)すといふ。新(あらた)