翻刻
《割書:古者》《割書:《場所:戸塚村》|《場所:池内村》》《割書:弐ヶ村》
一高五百四拾四石八斗 《場所:戸塚村》
《割書:古者》《割書:《場所:東館村》|《場所:山野井村》|《場所:矢沢村》》《割書:三ヶ村》
一高八百弐石弐斗七升八合 《場所:東館村》
一高三百四拾弐石八斗四升六合 《場所:小田川村》
《割書:古者》《割書:《場所:下関川内村》|《場所:鴇巣村》|《場所:面木村》》《割書:《場所:追分村》|《場所:追ヶ草村》》《割書:五ヶ村》
一高七百四拾石弐斗五升九合 《場所:下関河内村》
《割書:古者》《割書:《場所:宝坂村》|《場所:清水内村》|《場所:押立村》》《割書:《場所:手元村》|《場所:高野谷地村》》《割書:五ヶ村》
一高六百五拾四石五斗三合 《場所:宝坂村》
一高弐百六拾三石五斗九升九合 《場所:上関河内村》
《割書:《場所:上関河内村》枝郷》
一高百九拾三石九斗七升九合 《場所:大滑村》
一高弐百四拾石三斗壱升八合 《場所:高野村》
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは戸塚村の高は544.800でここの高にぴったり一致する。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは東館村の高は675.536で、他に東舘村ノ内・山野井分(高117.886)があり、両者の高の和はここの高に近い。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは小田川村の高は342.346でここの高に近く斗の位だけ違うのでこの桁の誤記が考えられる。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは下関河内村の高は728.528でここの高に近い。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは宝坂村の高は651.925でここの高に近い。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは上関河内村の高は261.512でここの高に近い。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには大滑村はない。代わりに大 村上組(おおぬかりむらかみぐみ高149.230)と大 村下組(大 村下組高43.649)があり、この2か所の高の和がここの高に近い。空欄の文字は垬。この2か所がここの大滑村と比定される。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは高野村の高は236.294でここの高に近い。】