翻刻
【右丁】
と。あるを見てなん。たえがたきこゝちしける
とへばいふとはねばうらむむさしあぶみかゝるをりにや人はしぬらん
十四【丸で囲む】むかし。男。みちの国に。すゞろに行いたりにけり。そこなる女。京の人
は。めづらかにやおぼへけん。せちに思へる心なんありける。さてかの女
《割書:万葉》中〳〵にこひにしなずばくわこにぞ成へかりける玉のをばかり
うたさへぞひなびたりける。さすがにあはれとやおもひけん。いきてねに
けり。夜ふかく出にければ女
よもあけばきつにはめなてくだかけのまだきに鳴てせなをやりつる
と。いへるに。をとこ京へなんまかるとて
くりはらのあねはの松の人ならば都のつとにいざといわまし
と。いへりければ。よろこぼひて思ひけらしとぞ。いひをりける
十五【丸で囲む】むかし。みちの国にて。なでふことなき人のめに。かよひけるに。あやしう
さやうにて。あるべき女ともあらず。みへければ
【左丁】
しのぶ山しのびてかよふみちもがな人の心のをくもみるべく
女かぎりなくめでたしと思へど。さるさがなきゑびす心をみては。いかゝはせん。は
十六【丸で囲む】むかし。きの有つねといふ人有けり。みよのみかどにつかふまつりて。
時にあひけれど。後(のち)は世かはり。時(とき)うつりにければ。よのつねの人のごとくも
あらず。人がらは心うつくしう。あてはかなる事をこのみて。こと人にも
にず。まづしくへても。なをむかしよかりし時の心ながら。よのつね
の事もしらず。年ころあひなれたるめ。やう〳〵とこはなれて。つゐに
あまに成て。あねのさきだちて。成たる所へ行(ゆく)を。男まことにむつまじき事
こそなかりけれ。今はと行を。いとあはれと思ひけれど。まづしければ
するわざもなかりけり。思び【ママ】わびてねん比に。あひかたらひける
友達(ともたち)の許(もと)に。かう〳〵今はとてまがるを。何事もいさゝかなる事も
えせで。つかはすことゝかきて。おくに
手(て)を折(おり)てあひみし事をかぞふれば十(とを)といゝつゝよつはへにけり