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【右丁】
卅九【丸で囲む】昔。西院のみかどゝ申す。みかどおわしましけり其みかどのみこ。たか
いこと申す。いまぞかりける。其みこうせ給ひて。御はふりの夜。其 宮(みや)のと
なり成ける男。御はふりみんとて。女 車(くるま)にあひのりて出たり。久しう
ゐて出奉らず。うちなきてやみぬべかりける間にあめのしたの色このみ。
源(みなもと)のいたるといふ人。是も物見るに。此車を女車と見てよりきて。とかく
なまめく間に。かのいたるほたるを取て女の車に入たりけるを。車成ける
人。此 蛍(ほたる)の火にやみゆらんと。ともしけちなんするとて。のれる男のよめる
出ていなばかぎり成べきともしけち年へぬるかとなく声(こゑ)をきけ
かのいたるかへし
いとあはれなくぞ聞ゆるともしけちきゆる物とも我はしらずな
あめの下(した)の色好(いろこのみ)の哥にては。猶そ有けるいたるはしたがふがおほぢ也。みこのほいなし
四十【丸で囲む】昔。わかき男。げしうはあらぬ女を思ひけり。さかしらするおや有てお
もひもぞつくとて。此女を外(ほか)へをひやらんとす。さこそいへまたおひやらす人の子
なれば。まだ心いきほひなかりければ。とゞむるいきほひなし。女もいやしければ。す
【左丁】
まふ力(ちから)なし。さる間に思ひはいやまさりにまさる。俄(にはか)に此女をおひうつ男ちの
涙(なみだ)をながせども。とゞむるよしなし。ゐて出ていぬ男なく〳〵よめる
出ていなばたれかわかれのかたからん有しにまさるけふはかなしも
と。よみてたへ入にけり。おやあはてにけり。なを思ひてこそいひしが。いとかく
しもあらし。と思ふに。しんじちにたへ入にければ。まどひて願たてけり。
けふの入相ばかりにたへ入て。又の日のいぬの時ばかりになん。からうじていき
出たりける。昔の若人はさるすける物思ひをなんしけり。今の翁(おきな)まさにしなんや
四十一【丸で囲む】むかし。女はらからふたり有けり。ひとりはいやしき男の。まづしき。一人は
あてなる男もたりけり。いやしき男もたる。しはすの晦日に。うへのきぬをあらひ
て手づからはりけり。心さしはいたしけれど。さるいやしきわざもならはざり
けれは。うへのきぬのかたをはりやりてけり。せんかたもも【ママ】なくて。たゞなきに
なきけり。是をかのあてなるをとこ聞て。いと心くるしかりければ。いときよ
らなるろうさう【注】の。うへのきぬを見出てやるとて
【注 ろくさん(緑衫)の音便形。六位が着る緑色の袍。】