翻刻
【頭部欄外の附箋】
三ノ一
【右丁上段】
伊勢物語(いせものかたり)の作者(さくしや)古来(こらい)より
まち〳〵説(せつ)ありといへとも畢(ひつ)
竟(きやう)する所はなり平(ひら)みつからわ
が身(み)のうへの事をつくり給ふ双(さう)
紙(うし)【ママ】なりその上(うへ)に伊勢(いせ)といふ
女房(によばう)さま〳〵の事を書(かき)そへて
作(つく)り物語(ものかたり)となして宇 多(だ)の院(ゐん)
の后宮(こうくう)七 条后(てうのきさき)温子(おんし)へ奉りし
双紙(さうし)也よつて伊勢物語と云
業平(なりひら)の伝記(でんき)
業平(なりひら)は平城(へいせい)天皇(てんわう)の御 孫(まご)阿(あ)
保(はう)親王(しんわう)の五 男(なん)也 母(はゝ)は伊登(いとう)内(ない)
親王(しんわう)と云 桓武(くはんむ)天皇(てんわう)の御むす
【左丁上段】
め也 業平(なりひら)誕生(たんじやう)は淳和(じゆんわ)天皇(てんわう)の
天長(てんちやう)二年八月七日に生(うま)れ
元慶(げけい)四年五月廿八日に五十
六さいにて卒(そつ)し給ふ
伊勢(いせ)の御(こ)の伝記(てんき)
伊勢は右大臣(うだいじん)内麿(うちまろ)の末孫(はつそん)【ママ】前(さき)
大和守(やまとのかみ)従(じゆ)五 位(ゐ)上(じやう)藤原(ふぢはら)継蔭(つぐかけ)の
むすめ也七 条(でう)の后(きさき)に宮(みや)つかへの
女房(によはう)也 宇多院(うだのゐん)のてうあひを得
て行明(ゆきあきら)親王をうめり よつて
伊勢 御息所(みやすところ)とも伊勢の女御(によご)
共いふ
【右丁下段】
春日野の
若むら
さきの
すり衣
忍ふの
みたれ
かきり
しら
れ
ず
【左手下段】
むかし男
うゐ
かう
ふり
して
ならの
京
かすかの
里に
しるよし
して
狩に
いに
けり