翻刻
【右丁】
しともおもへら【注①】ず。されど人めしげければ。えあはず。つかひざね【注②】とある人な
れば。とをくもやどさず。女のねやもちかく有ければ。女人をしつめて【注③】
ねひとつ【注④】ばかりに。男のもとに来りけり。男はたねられざりければ。
と【外】のかたを見いだしてふせるに月のおぼろ成に。ちいさきわらはをさき
に立て。人たてり。男いとうれしくて。わがねる所にゐて入て。ねひとつ
より。うし三つまて有に。まだ何事もかたらはぬに。かへりにけり。男い
とかなしくて。ねす成にけり。つとめていぶかしけれど。我人をやるへき
にしあらねば。いと心許なくて待(まち)をれば。明(あけ)はなれてしはし有に女の許(もと)より詞(ことは)なくて
君やこしわれや行けんおもほえずゆめかうつゝかねてかさめてか
おとこ。いといたうなきて
《割書:古今》かきくらす心のやみにまどひにきゆめうつゝとはこよひさだめよ
と。よみてやりてかりに出ぬ。野にありけど。心はそらにて。こよひだに
人しづめて。いととくあはんと思ふにくにのかみ。いつきのみやのかみかけ
【注① おもへり(面へり)=「おもいあり」の約。〖ラ変〗顔つきをしている。】
【注② 使実=使いの中の主だった人。正使。】
【注③ 寝静まらせて。】
【注④ 子一ツ=子の刻は午後十一時から午前一時頃までの約二時間。一刻を四分して一ツから四ツまである。子一ツは大体午前零時頃。】
【左丁 挿絵】