翻刻
【右丁】
たる【注①】かりのつかひ有と聞て。夜ひとよ酒(さけ)のみしければ。もはらあひこ
ともえせで。あけばおはりの国へ立なんとすれば。男も人しれ
ず。ちのなみだをながせど。えあはず。夜やう〳〵あけなんとする
程に。女 方(かた)より出す。盃(さかつき)のさらに。哥(うた)を書(かき)て出したり。取てみれば
かち人【注②】のわたれとぬれぬえにしあれは
と書てすへはなし。其盃のさらに。つゐ松のすみ【注③】して。哥のすへを書つぐ
またあふさかのせきはこへなん
とて。あくればおはりの国へこへにけり。さいくうは水のをの御時。もん
とく天わうの御むすめ。これたかのいもふと
七十【丸で囲む】むかし男。かりのつかひよりかへりきけるに。おほよどのわたり
にやとりて。いつきのみやのわらはべにいひかけゝる
《割書:新古今》みるめかる方やいつこぞさほさして我におしへよあまの釣舟(つりふね)
七十一【丸で囲む】むかし男。いせのさいくうに。内の御つかひとてまいりければ。かの宮(みや)
【注① 兼ねている。】
【注② 徒歩人=歩いて行人。】
【注③ たいまつの燃え残りの炭。】
【左丁】
に。すきこといひける。女わたくしごとにて
《割書:上句拾遺》ちはやふる神のいがきもこへぬべし大みや人の見まくほしさに
おとこ
こひしくばきても見よかしちはやふる神のいさむる道ならなくに
七十二【丸で囲む】昔男。いせの国成ける。女まだえあはで。隣(となり)の国へいくとて。いみしう恨けれは女
《割書:新古今》大よどの松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへるなみかな
七十三【丸で囲む】昔。そこには有と聞ど。せうそこをたにいふべくもあらぬ。女のあたりを思ひける
《割書:万葉》めにはみて手にはとられぬ月の内のかつらのことき君にぞ有ける
七十四【丸で囲む】むかしおとこ。女をいたううらみて
いはねふみかさなる山にあらねどもあはぬ日おほくこひわたるかな
七十五【丸で囲む】むかし男。いせの国に。ゐていきてあはんといひければ女
大よどのはまにおふてふみるからに心はなぎぬかたらはねども
と。いひて。ましてつれなかりけれはをとこ
袖ぬれてあまのかりほすわたつ海(うみ)のみるを逢(あふ)にてやまんとやする