翻刻
問
都の入口に彼の国の掟(をきて)石に彫付有之由見及候哉
答
一見仕候得とも文体相分り不申候故如何様の義とも
弁別仕兼候私共帰国願度々差出し候へとも兎角遅滞
仕候処日本へ通舟仕候段兼て承及候故紅毛人に□□□
日本へ送り帰し呉候様魯西亜の帝え差出□帰国願は
■下し仕魯西亜の手を放れ候はゝ送り届け可申上□候間海□
何程掛り可申哉と相尋候へは三ヶ年掛り候よし答へ申候魯西亜
よりはさほど年月掛り不申様に承り候へは万一願埒明不申候
紅毛人に頼可申と存罷在候内帰国の義被申渡御事に御座候
イルコウツキにて朝鮮人を見申候唐人も見申候北□人之由
に御座候寒中是橇に乗氷の上を犬に牽かせ申候一人に
犬四疋宛掛り候殊の外早き物に御座候ペチエルホに鼠程の
野猪并兎と雀程の矮鶏(ちやぼ)御座候野猪は帰国の節持参
可致と存三疋迄/飼(かい)置候処彼の国の者共所詮保ち申間敷
□段被聞候得共もしやと存飼置候処不残落申候
当今は女帝にて御名はエカテリナアレキセウナと申候御年は
六十四太子の御名はパアルペトロイチと申候御年三十九
皇孫壱人をアレキサンテルパウロイチと申候御年十六又一人は
コンスタンチンパウロイチと申候御年十四歳に御座候
右件の問答終て弐人の漂民は御暇賜り雉子橋の
外なる御厩に帰りぬ実に昇平大和の御代□□れ
出 御尊体近く仕候故にこそかゝる事をも見聞すれ