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【右ページ】
第一章 第一節 地誌概要 六
今の用下水は小笠原氏によりて、勝央承応三年に計画せられ元禄六年に整理を終へたる
ものなり、。斯くして江戸幕府時代にhは城郭として其體を整へ、海道五十三次の宿駅と
して繁盛し、有名なる吉田大橋の如きは公儀の直営となれり。寛永四年大地震ありし
時の「吉田城下故事」によれば、吉田の総戸数一千十一戸の内、全潰戸数三百十戸、半潰戸
数二百六十六戸、死者十一人云々とあり。
要するに、封建時代のれ歴史に支配せられて発達したる都市の常として、城を中心に
士族屋敷あり、外に商業地域ありたるが、明治二年六月二十三日吉田を改めて豊橋と
稱し、同四年七年十四日豊橋藩を廃して縣を置き、更に同年十一月十五日三河各県を
併合して額田県を置かれ、翌五年十一月二十七日終に愛知県に合併され同管内に屬せり。
左に明治年間に於けるちょう町村合併一覧表を掲げて回顧の資とす。
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明治九年 同二十二年 同二十八年 同三十九年
船 町、湊 町、上 伝馬町
八 町、宮下町 八 西八町
川毛町、袋 町 中八町
八幡町、土手町 町 東八町
東 町
関谷町、呉服町、 本 町
豊橋駅 札木町、曲尺手町、 鍛冶町 豊橋町
下 町、指笠町、 松葉町
萱 町、三浦町、 花園町
新銭町、紺屋町、 魚 町
清水町、神明町、 手間町 豊橋町
吉屋町、
中 柴、新銭町、 東新町
西新町、中世古、 談合 豊橋村 豊橋町 七月十六日合併
舊豊橋藩 旭 町、飽 海
羽田村 花田村 花田村 花田村 豊橋市 八月一日市制施行
花崎村
仁連木村 東田村 東田
瓦町 瓦町
田尻村 岩田村
下岩崎村
上岩崎村 岩崎村 豊岡村 豊岡村
手洗村
飯村
三ノ輪村
第一章 第一節 地誌概要 七