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第二章 第一節 水道事業沿革 一六
與の幸福を享くこと尠からず。本市の如きは渥美湾の沿岸に在りて豊川の清流に臨
み、古来天変ちい地異極めて少なく、有数なる健康適地として全国に知られ他より来りて
永住するものあり。夙に交通の要衝に当れる当市として聚落ちの発達著しく、更に産業
の振興によりて人口の密度高まれる今日まで、保険衛生の重要施設に対し聊か閑却
せし嫌あるは蓋し風土の関係無きに非ざるべしべし。
用 水 飲用の水の良否は直接指市民のほ保健衛生に重大なる関係を有するが故に、
井水の水質試験成績に就いてはとく特に留意せざる可らず。然るに最近のちょうさとう調査統計を缺け
るを以て、左に大正三年の検査成績を示さん。
検査のかい開始は大正三年七月十一日にして、毎日凡そ五百個の予定により同年八月
一日に終れり。
検査総井数 適 不適 煮沸スベキモノ 濾過スベキモノ
五、一一五 九七九 一、〇五一 三、〇六四 二一
欺かる成績を得たるは、地質のか関係する所多大なれば別項に記せる農商務技師大
井上義近調査の本市地下水地質の条を参照せられたし。
本市の井水は水質は既に良好ならず、加之毎年三四月の頃には井水涸渇して用水の
缺乏に苦しむものあり、特に近時人口の増殖に伴ひ、使用水量倍加するも、下水道の設
備日完全なると、汚物屎尿の取扱また舊習の儘なるとに依りて、井水の水質良好なるも
のも次第に不良化し、今や消化器伝染病は慢性的に増加し、腸チブス、赤痢の発生等所
謂都市の通弊を見るは最も遺憾とする所なり。
茲に一言付記すべきことは、特に衛生を重ずる軍隊にありて、陸軍用水道を施設し
たること之なり。即ち第十五師団の明治四十一年十一月に設置されるゝや、特に陸軍用
の水道計画を立てられ、市内飯村町の字高山の山腹一萬二千五十三坪の山林に據り
堰堤を築き、原水貯水池の設けられしは明治四十五年三月のとこなり。
私設水道 東三地方に於ける水道の濫觴は、前記陸軍用のものなるが、愛知県とし
ては既に明治四十二年に起工したる名古屋市水道のあるあり。此水道は大正三年三
月竣工せしが本市に於ける井水検査は、恰も此年に行へるなり。斯くて欧州戦乱中は
水道問題を顧るの遑だに無かりしも、大正九年に至り、福澤桃介外拾壱名より私設水
道布設の出願ありしを機とし、茲に調査研究の歩みを進むるに至れり。今其の経過の大
要を左に示さん。
第二章 第一節 水道事業沿革 一七