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名古屋(なごや)山(さん)三郎なり。父(ちゝ)のかたき覚悟(かくご)せよとよばゝりつゝ。氷(こほり)なす刀(かたな)を抜(ぬき)
はなせば。かの侍(さふらひ)高(たか〴〵)とあざみ笑(わらひ)て編笠(あみがさ)をぬぎすて。此方(このほう)よりたつねもと
むる山(さん)三郎。こゝであひしは天(てん)の与(あた)へ。かへり打(うち)なるぞ観念(くわんねん)せよといひて
抜合(ぬきあは)せ。二太刀(ふたたち)三太刀(みたち)戦(たゝかひ)けるが。山(さん)三郎かするどき太刀(たち)をうけ損(そん)じ。左(ひだ)り袈(け)
裟(さ)に斬(きり)さげられて。地上(ちしやう)に撲地(はたと)たふれたり。山(さん)三郎 鹿蔵(しかぞう)をかへりみて。
彼奴(きやつ)が面(つら)をよく見よといふにぞ。鹿蔵(しかぞう)立(たち)より髻(もとゞり)をつかみてひきおこし。
月(つき)かげにすかしみて。此者(このもの)は土子(つちこ)泥助(でいすけ)にて候といふ。山(さん)三郎うなづく間(ま)もな
く。又おなじごとくに打扮(いでたち)たる侍(さふらひ)一人(ひとり)のさばりかへりてあゆみ来(く)る。山(さん)三郎
むかふに立(たち)ふさがり。汝(なんぢ)は不破(ふは)伴(ばん)左衛門なるべし。これは山(さん)三郎 父(ちゝ)の仇(あた)を報(むくふ)也
といひつゝきりつくれば。此(この)侍(さふらひ)も笠(かさ)とりすてゝ刀(かたな)を抜(ぬき)。うけつながしつ七八
合(かう)戦(たゝかひ)けるが。泥(どろ)にすべりてよろめく所(ところ)を。山(さん)三郎 飛(とび)かゝりて胴(どう)ぎりに。陸(ばら)
離(り)ずんど斬(きり)はなし。腮(あぎと)を以(もつ)て下知(げぢ)すれば。しか蔵(ぞう)いそがはくし走(はし)りより。月(つき)
の光(ひか)りに面(おもて)を見て。此者(このもの)は犬上(いぬがみ)雁八(がんはち)にて候といふ。ほどなくおなじ打扮(いでたち)の
侍(さふらひ)一人(ひとり)すゝみ来(きた)る。山(さん)三郎ちか〴〵と立(たち)むかひ。いかに伴(ばん)左衛門これは山(さん)三郎
なるぞ。父(ちゝ)を打(うた)れし恨(うらみ)の刃(やいば)。思ひしれといひつゝ斬(きり)つくれば。編笠(あみがさ)を
かなぐりすて。刀(かたな)を抜(ぬき)てきりむすび。丁々(ちやう〳〵)しとゝたゝかひけるが。運(うん)の尽(つき)
にや堤(つゝみ)の端(はし)に足(あし)をふみながし。うつ伏(ぶし)にたふるゝ所(ところ)を。山(さん)三郎 一声(いつせい)さけび
て斬(きり)けるが。たちまち首(かうべ)堤(つゝみ)の下(した)にまろびおちぬ。鹿蔵(しかぞう)つゞきてとび
くだり。かの首(くび)をとりあげ見て。此(この)首(くび)片耳(かたみゝ)なければ藻屑(もくづ)の三平(さんへい)に
疑(うたがひ)なく候といふ。山(さん)三郎その者(もの)もまた伴(ばん)左衛門にてはなかりしかと。ほい
なげにいひつゝ。刀(かたな)の血(ち)しほをぬぐひ。一息(ひといき)つくいとまもなく。又(また)来(き)かゝる
侍(さふらひ)もおなじ如(ごと)くの打扮(いでたち)なり。身材(たけだち)恰好(かつこう)此度(このたび)は正(まさ)しく伴(ばん)左衛門と思ひツ。