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つたひ藤波(ふぢなみ)が跡(あと)をつけて。今(いま)や斬(きら)ん〳〵とつけねらふ。藤波(ふぢなみ)は何(なに)の心(こゝろ)もなく
歩(あゆ)みけるが。此(この)時(とき)一命(いちめい)の終(おは)るべき宿世(すくせ)の因果(いんぐわ)にやありけん。風雨(ふうう)ます〳〵
つよく爛熳(らんまん)たる庭木(にはき)の桜(さくら)を吹(ふき)ちらして。吹雪(ふゞき)のごとく散(ちり)かゝり。手(て)
燭(しよく)を颯(さつ)と吹(ふき)けして忽(たちまち)真(しん)の闇(やみ)となる。嗚呼(あゝ)彼(かれ)が命(いのち)の危(あやう)さもげに風(ふう)
前(ぜん)の灯火(ともしび)なり。藤波(ふぢなみ)進退(しんたい)を失(うしな)ひて心(こゝろ)たゆたひける所(ところ)に暗(くらき)裏(うち)に剣(つるぎ)の
光(ひか)り電光(でんくわう)石火(せきくわ)と閃(ひらめ)きければ驚(おどろ)きて逃(にげ)ゆかんとするを。三八郎をどり
かゝりて斬(きり)つけたるが。暗中(くらがり)なれば目当(めあて)ちがひて空(くう)を斬(きる)。これはと又 斬(きる)
剣(つるぎ)の下(した)をくゞりぬけて。猶(なほ)逃去(にけゆか)んとしけれども。余(あま)りに驚(おどろ)き。身(み)うち
わなゝき足(あし)なへぎて走(はし)ることあたはず。夢路(ゆめぢ)に迷(まよ)ふごとくなり。三八郎は
息(いき)をこらし。あたりを探(さぐ)りて立(たち)まはり。めつた斬(きり)にきりけるにぞ。藤波(ふぢなみ)
振袖(ふりそで)の袂(たもと)を斬落(きりおと)され。危(あやう)く身(み)は避(のがれ)たれども。目前(めさき)に剣(つるぎ)のひらめく
たび〴〵胸(むね)冷(ひえ)。魂(たましい)きへて。黒暗地獄(こくあんぢごく)の罪人(ざいにん)が。剣樹(けんじゆ)にのぼることならず。三八郎は
ひまとりて。仕損(しそん)ぜまじと心(こゝろ)せかれ。衣(きぬ)にとめたる蘭麝(らんじや)の。薫(かほ)る方(かた)を心当(こゝろあて)
に。うかゞひすまして斬(きり)つけたれば。手(て)ごたへして呀(あ)とさけぶ。仕(し)すまし
たりとたゝみかけてきるにぞ。あはれむべし藤波(ふぢなみ)。たまきはる声(こゑ)とゝもに。
のけさまになりて。背後(うしろ)なる杉戸(すきど)はづれ。おしになりて噇(どう)と倒(たふ)る。時(とき)に
奥深(おくふか)くたてたる。灯火(ともしび)の光(ひか)りもれ来(く)るに乗(じやう)じて。その形勢(ありさま)を見るに。
無慙(むざん)やな左袈裟(ひだりげさ)に斬(きり)さげられ。鮮血(なまち)泉(いづみ)のごとく湧(わき)流(ながれ)て。身(み)うち
朱(あけ)に染(そま)り。手足(てあし)をもがき。歯(は)をかみならして苦(くるし)む体(てい)。見る目(め)もあて
かねたり。三八郎せめて苦痛(くつう)をさせじと思ひつゝ。乗(のり)かゝりて吭(のんどふえ)にとゞめの
刀(かたな)をさしとほす。嗚呼(あゝ)悲哉(かなしいかな)。嗚呼(あゝ)痛哉(いたわしいかな)。十七 歳(さい)を一期(いちご)として。黄泉(よみぢ)の
鬼(ひと)となりにけり。かくて三八郎 袖(そで)引(ひき)ちぎりて血刀(ちがたな)にまき。肌(はだ)おしくつ