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かゝるとひとしく。呀(あ)とさけびて倒(たふ)れたり。なむ右衛門 蛇(へび)を捨(すて)て抱(いだ)き起(おこ)せば
栗(くり)太郎が両眼(りやうがん)に。蛇(へび)の血(ち)しみとほりたる様子(やうす)にて。痛(いたみ)堪(たへ)がたしとて
おめきさけびぬ。礒菜(いそな)もいそぎまどひて介抱(かいほう)するに。しばしありて
やう〳〵泣止(なきやみ)けるが。両眼(りやうがん)ひらく事(こと)あたはず。見(み)る〳〵瞼(まぶた)たかくはれあかりぬ。
なむ右衛門は死(し)したる蛇(へび)を携(たづさ)へゆき。遠(とをき)所(ところ)に捨(すて)てかへりけるが。いまだ
かへらざるさきに蛇(へび)又 来(きた)りて巻(まき)つくこともとの如(こと)し。なむ右衛門 気(き)をいらち
此度(このたび)は焼殺(やきころ)さばやと。火中(くわちう)に投(とう)じけるが。しばしありて火中(くはちう)を飛出(とびいで)。また
巻(まき)つきぬ。かくさま〴〵にして取捨(とりすて)んとすれども。蛇(へび)の執念(しうねん)いと深(ふか)くして。しばしも
はなれず。後(のち)にはせんかた尽(つき)て。其侭(そのまゝ)になしおきけるが。唯(たゞ)腹(はら)に巻(まき)つきたる
のみにて。別(べつ)に害(がい)をなす事(こと)なく。楓(かへで)もはじめのほどは我身(わがみ)ながらおそろしく
おもひけるが。後(のち)々は蛇(へび)に馴(なれ)したしみて。前生(ぜんしやう)の因果(いんぐは)とあきらめ。かへつて
愛念(あいねん)深(ふか)くなり。朝夕(あさゆふ)我(わが)食物(しよくもつ)をわかち与(あた)へ養(やしな)ひけり。蛇(へび)もよくなれて。食事(しよくじ)
の時(とき)にいたれば。懐(ふところ)よりかま首(くび)を出(いだ)してものうちくひぬ。扨(さて)栗(くり)太郎は蛇血(じやけつ)の
毒気(どくき)両眼(りやうがん)に入(いり)て眼疾(がんしつ)となり。さま〴〵療(れう)するといへども治(ぢ)しがたく。ついに
生(うま)れもつかぬ盲目(めくら)とぞなりにける。礒菜(いそな)左(ひだ)りに楓(かへで)をすゑ。右(みぎ)に栗(くり)太郎
をすへ。二人(ふたり)をつら〳〵顧(かへりみ)つゝいふやう。便(びん)なき子(こ)どもが形勢(ありさま)や。情(なさけ)なの神(かみ)仏(ほとけ)や。
楓(かへて)は世(よ)にたぐひなく。姿(すがた)美麗(びれい)に生(うま)れつき。たとひ女御(にようご)更衣(かうい)にたつるとも。
はづかしからぬ容儀(ようぎ)なるに。妖蛇(ようじゃ)に見こまれて。人(ひと)の交(まじは)りならぬ身(み)となり
栗(くり)太郎は生(うまれ)つきもきよらに。心(こゝろ)ばへもすぐれてかしこくありながら。おもひも
よらず。盲目(まうもく)となるうたてさよ。殊更(ことさら)兄第(きやうたい)ともに孝道(かうだう)ふかきものなるに。
などてかく薄命(はくめい)にはありけるぞや。いかなる宿世(すくせ)の因果(いんぐは)にて。かく災(わさわひ)の
かさなる事(こと)ぞとて。悲歎(ひたん)の涙(なみだ)にむせびければ。兄弟(きやうだい)の子(こ)どもあはてふためき。