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従者(じうしや)を川向(かはむかふ)の民家(みんか)に走(はし)らせ。五七/人(にん)の人歩(にんぶ)を雇(やと)はせ。又/数十把(すじつぱ)の松明(たいまつ)
を求(もと)めさせ。灯燈(てうちん)の燈(ひ)を移(うつ)させ。人歩(にんぶ)の手(て)に〴〵にもたせ。水中(すいちう)に落(おと)し
たる銭(ぜに)を。索探(さぐりもとめん)ことを下知(げぢ)せらる。従者(じうしや)人歩(にんぶ)の輩(ともがら)は。小事(せうじ)に大層(たいそう)なる
此(この)挙動(ふるまひ)を。心中(しんちう)に忙(あき)【「忙」は「惘」ヵ】るゝいへども。命(めい)に任(まか)せて橋下(はしじた)の左右(さゆう)を求(もとむ)るに。土泥(どてい)自(をのづか)
ら濁(にご)り。殊(こと)に暗夜(あんや)といひ。容易(ようい)にこれを取揃(とりそろ)へがたく。漸(やう〳〵)暁(あかつき)にいたりて
十文(じうもん)の員数(かづ)揃(そろ)ひければ。藤綱(ふぢつな)大に雀躍(よろこび)。十文銭(じうもんせん)を押(おし)いたゞき。元(もと)の
如(ごと)く燧帒(ひうちぶくろ)に納(をさ)め。先(さき)に従者(じうしや)をして。鳥目(てうもく)五貫文(ごくはんもん)取寄(とりよせ)たるを。松明(まつ)の
価(あたひ)と人歩(にんふ)の賃銭(ちんせん)とに与(あた)へ。懇(ねもごろ)に会釈(ゑしやく)し従者(じうしや)を率(ひい)て帰(かへ)りける。
人歩共(にんぶとも)は思(おも)はざる利徳(りとく)を得(え)て。焚(たき)さしたる松明(まつ)を一(ひと)ツ(つ)に燃(もや)し。川岸(かはぎし)
に腰(こし)打(うち)かけ。莨(たばこ)を飲(のみ)て休息(いこひ)つゝ。藤綱(ふぢつな)どのは智仁勇(ちじんゆう)とやらんを兼(かね)
たる良臣(ひと)なりと。北条殿(ほうでうどの)の眼(め)がねをもつて。日夜(にちや)に出身(しゆつしん)し給ひて。左衛門督(さゑもんのぜう)
と昇進(しやうじん)し。今(いま)天下(てんか)の評定衆(へうでうしゆ)と仰(あふが)れ給ふ人の。わづか十文の銭(ぜに)を失(うしなは)じと