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今(いま)爰(こゝ)に鳴(な)くかとすれば彼方(かなた)に啼(な)き。東西(こゝ)と聞(きけ)ば南北(かしこ)に聞(き)ゝ。前(まへ)に鳴(なく)かとすれば
後(うしろ)に聞(きこ)え。良(やゝ)もすれば心惑(こゝろまど)ひ。木根(きのね)に爪突(つまづき)。泉水(せんすい)に陥(はま)り。流石(さすが)の壮士等(さうしら)も
忙然(ぼうぜん)たり。時頼(ときより)此体(このてい)を見(み)て大(おほひ)に制(せい)し。少頃(すこし)沈吟(ちんきん)なし給ひ。一首(いつしゆ)の歌(うた)を詠(よみ)給ふ
夏(なつ)もきつねになく蝉のから衣(ころも)おのれ〳〵が身(み)のうへにきよ
斯(かく)短冊(たんざく)に書(かき)たまひ。書斎(いま)の庭上(には)に投出(なけいだ)し給へば。暫時(しばし)ありて為撥(ばつたり)と声(こへ)
を止(とゞ)めたり。近士等(きんしら)又(また)其所以(そのゆゑ)を伺(うかゞ)へば。翌(あす)こそ知(しる)らめとて寝所(しんじよ)に入(いり)給ひしが。
翌朝(よくてう)下部等(しもべら)。是彼辺(こゝかしこ)に死(し)せる狐(きつね)を見付(みつけ)。追々(をい〳〵)拾(ひろ)ひ来(き)て庭上(ていせう)につみ
上(あげ)しが。三十七/疋(ひき)に及(および)たり。此旨(このむね)言上(ごんぜう)したりしかば。更(さら)に驚(おどろ)きたる気色(けしき)もなく。
左(さ)もあるべし去(さり)ながら。畜類(ちくるい)ながらも朕(わが)一言(いちごん)に。其義(そのぎ)をしつて命(めい)を絶(たち)しは。最(いと)
不便(ふびん)の事(こと)なれば麁略(そりやく)なすべからずと。地獄(ちごく)ヶ谷(や)の郊外(こうぐわい)に。大(おほひ)なる穴(あな)を堀(ほら)しめ。
これに委(こと〴〵)く埋(うづ)めさせ。一塚(いつたい)の塚(つか)を造(つく)り。狐塚(きつねづか)と号(がう)し。厚(あつ)く供養(くやう)をなさしめ
給ひしが其後(そのゝち)は怪異(けい)もなかりけり。人々(ひと〳〵)時頼(ときより)が高徳(かうとく)をます〳〵感嘆(かんたん)して